2012年10月7日日曜日

研究発表動画Web公開の魅力と危険

学会における研究発表の録画動画は
Webで公開すべきか?すべきではないか?


こんなことを考えたことのある人はどのくらいいるだろう?
この質問にはっきりと答えられる人はどのくらいいるだろう?


すぐに「情報漏洩だから,すべきでない」と答える人は多いだろうが,
少なくとも,私ははっきりとした答えを持ち合わせていない.

完全なWeb上での一般公開については,「おおよそ」反対派である.しかし,単に反対ではなくて,この質問に関して私が考えていることは多くある.なぜなら,Webで公開することによるメリットが非常に魅力的だからだ.私が考える動画公開の魅力とそこに潜む危険性について,本記事では考えてみることにする.まずは魅力から始める.

■ 魅力 ■
知ってもらうチャンスが増える

なぜ研究者は学会発表するのか―研究論文が出版されたから宣伝のために参加するのか?

私が所属する学会では,まだ論文になっていない研究について発表する例が多いようだ.彼らは何のために決して安くはない参加費を払い,多くの研究者の前に立って研究成果についてなるべく分かりやすく説明しているのだろうか.おそらく,多くの場合は

  • 自分が何の研究をしているか知ってもらいたい
  • これまでに何が分かったか知ってもらいたい
  • これまでに何が分かっていないか理解してもらいたい
  • 研究の発展に繋がるコメントを得たい
などだろう.そのために,ポスターやスライドを利用して,時には汗をかきながら喉を枯らして,懸命に人に己の成果を伝えようとしている.

さて,ここで次の質問への答えを考えてみよう: 
10分間で100人に対して一生懸命発表して,いったい何人の人が研究を正確に理解し,ともに考えをめぐらせ,質問およびコメントを発表者に与えることができるだろうか?

私はこう思う: もしプレゼン技術が平均的なレベルであれば,10人からコメントをもらうことができただけで相当な大成功ではなかろうか.逆に考えると,残った90人は発表を聞き流していることとなる.

発表者が他の研究者に知ってもらいたいと考えているのであれば,10分間の付き合いだけで終わってしまっては非常にもったいない.そこで役に立ちそうなのが「インターネット」である.

今や,世界中はWebで常に繋がっている.そこに学会で発表したときの動画をアップロードしてしまう.するとどうなるか?内容を理解できなかった,都合が合わず学会に来れなかった,もしくは他のセッションにいて発表を見ることができなかった人も,Web公開されていればいつでも見れる.うまく彼らとWebで繋がり合うことができたとしたら,学会発表におけるたった10分間を無限の時間へ拡大できる,つまり知ってもらうチャンスが大幅に増えることになる.

このように知ってもらえるチャンスが増えることは,研究者にとって非常に魅力的なことだ!



ここで,動画のWeb公開に関するいくつか危険性があることは容易に想像できるだろう.
■ 危険性 ■
誰でも見れてしまう

例えば,YouTubeに完全に自由に閲覧できるように研究発表動画を公開したとしよう.誰がその動画を見るだろうか?

もともと,学会発表は学会会員(および大学の学生)が聴講に来ることを想定して行なっている.しかしながら,もしWebで完全公開してしまうと,不特定多数の身元もわからない人から見られうる.さらに悪いことに,通常は,誰が見ているかなど,発表した本人は知ることができない.これでは,学会会員以外に研究について知られ,動画を見た人が「運悪く」秀才でできる人だったとしたら,発表者より先に論文としてまとめて投稿しかねない.

もちろんこれは極端な例である.普通,専門外の賢い人がわざわざ人の研究を論文にして出したりしないだろう.しかし,可能性として「生じないとは言い切れない」というだけだ.この普通起こり得ない可能性でも,出来る限り排除すべきだと考える.

学会における環境と同様,身元の分かる人々のみが閲覧可能な環境を作った上で,発表動画をWeb上に公開する必要はあるのではなかろうか.

そのための方法はいくつかあるだろう.例えば,Facebookの「友達」限定公開機能とYouTubeのリンクを知っている人のみ閲覧可能という設定を使う.発表者自身がFacebookのタイムラインにリンクを貼り,知り合いであるはずの「友達」のみに公開する.それに対する議論も,その書き込みのコメント欄or直接emailで行う.そうすれば,少なくとも知り合いの範囲を超えること無く,Webを利用して動画を公開できるのではなかろうか?
(そもそも,YouTubeやFacebookを信用しないのであれば話は別であるが.)

学会のHPで学会会員のみが閲覧できるシステムを作って公開するのも,難しいだろうが,方法としてはありうる.ちなみに,アメリカの気象学会にあたるAmerican Meteorological Societyは,ConferenceのWebページに発表者の承認のもと音声と発表資料を完全一般公開している場合がある.

他に良い方法があれば教えていただきたい.


いくら動画を安全に公開できたとしても,本当に知ってもらうためには困難もあるようだ.
■ 困難 ■
見てもらえない

この記事を書く前に,同じ分野で研究をしている茂木さんとFacebookを通じて以下の様なやり取りをした.学会発表の動画を頂く際に,Web公開をしようかどうかという提案を受けた後の会話であり,前半は危険性に関することだが,後半が「見てもらえない」という困難に対応している:
茂木さんは,多くの人に発表資料を見てもらうために,並ならない労力を費やしてきた.その結果として,茂木さんが何か情報をアップロードする度に,多くの人が関心を持って閲覧し,コメントを残すようになったという.

勝手に見られてしまう恐怖というのはあるが,現実は,見てもらいたくてもなかなか見てもらえないのだ.YouTubeに完全公開で投稿したとしても,世界中の何人が検索によってヒットし,見ることができて,それに対していろいろ考えを巡らせるだろうか?知名度のない,影響力の弱い人がひとつの動画を投稿したからといって,滅多なことでは有名にならない.


このように,いくら安全に公開する方法を思いついたとしても,単純にWebにアップロードしたところで,他人に研究内容を知ってもらえないのだ.この困難を乗り越えるためには,熱心にブログを更新し続けるか,自ら他人のブログにコメントしまくるか,様々な努力が必要である.もちろん努力は必要であるが,利用できるものもいくつかあるのでは?

例えば,知り合いの多くが高頻度で見ているFacebookや,専門家が興味を示すはずの学会ホームページを利用するのは,効率の良い手段のひとつではなかろうか.私は,これらの利用を検討する価値は十分にあると考えている.




長文をここまで書いてきたが,私の発表動画Web公開に対する考えの要点を,以下の3点にまとめて終わりとする:
  • たった10分間の動画を利用して無限のチャンスを得るために動画を公開したい.
  • 知ってほしい人だけに見てもらえるシステムが必要である.
  • 人に知ってもらうことは簡単なことではないので努力も必要である.

4 件のコメント:

  1. 一見さんお断り,とするのは,店の品位を保つ上で効果的なことですね.

    一方,僕は自分のブランドが現時点で全然高くないと思っているので,
    それが自意識過剰に思えてしまうため,公開しています.

    動画公開は,まずは学会内に対してブランド向上の意味が一番大きいと思います.

    不特定多数が観られるとしても,結局届くのは学会内が90%以上を占めます.

    因みに昨年秋に公開した林くんの発表動画は出本くんのと並んで200回以上
    再生され,学会”内”で二人のブランド向上にかなり寄与したんじゃないかと
    思います.

    これは林くんの危惧するリスクをおして公開した結果,
    林くんの望む状態に限りなく近い公開に結果論としてなった,
    という実例だと思います.

    この結果論は,かなり性善説的なので,そこはもう個人の性格や
    そのときどきの成果の現状に応じて,という以上にどうすべき,
    と決める必要はないのかもしれないね.

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    1. >もてさく様,
      コメントありがとうございます.

      事実として,公開してもほとんど学会会員しか見ていないというのは,面白いことですね.学会会員内で反響が大きかったことも有り難いことでした.

      ただ,おっしゃる通り,「中には悪人もいるかもしれない」と考えたならば,危険も伴います.事実として学会会員しか見ないのであっても,思いつく危険性は可能な限り排除すべきです.そう考えれば,学会として動画のWeb公開に踏み切るのが,安全かつ効果的な情報の共有手段となると,私は考えます.

      しかし,学会がシステムを作ったからといって,Web公開に抵抗を感じる(多くの)方々は利用しないかもしれないですね.まずは,みんなでWeb公開の是非について考えてみるのが大事でしょう.

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  2. 結局リスクリターンの問題だからそれぞれをどうとらえるかだよね。
    リターンが大きい事は良いとして、リスクに関してだけど、
    ・直感的にはリターンに勝るほど大きいとは思えない。
    既出だとは思うけど、日本の気象業界人の中で、公開されたプレゼンを見てアイディアを盗んで論文にしようとする事が出来て、なおかつ実際やろうとする人が0とはいえないかもしれないが限りなく0に近いと僕は思う。

    ・一方で、文字通りWorldWideに公開することはさすがにリスクが0に近いとは言い切れないように感じる。
    某国際学会に参加した際にポスター発表中、某他国の人がポスターの中身は一切見ず、配布用に印刷されたポスターをかき集めてる人を見かけた。そこから主張するにはちょっと短絡的かもだけど、やはり世界を見渡せば盗作を念頭に置いている人たちは多いにいる可能性があるようにも感じる。

    例えば、GCMを使った研究の場合、必ずしも誰でもできる研究ではないように感じるけれど、みっちーの研究の場合数式の扱いにアイディアが含まれているだろうから、世界中の人に見られる状態にするのは少しリスキーなようにも感じる。
    少し蛇足だけど、リスク=可能性×起きた時の損害と考えた時、
    日本国内の気象業界のみなら、可能性を限りなく0に近いとみれるかもしれないが、世界中にopenな状態にするのは、たとえそのプレゼンが日本語だとしても、0とはみなせないのではないだろうか。

    だから、僕の考えとしては
    FBの友達(または友達の友達位)に公開するリスク<リターン<世界中に公開するリスク
    です。

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    1. >でもと様,
      コメント有難う.
      業界での公開には学会発表と同レベルの小さな危険性しかないけど,世界公開にはとんでもない危険が潜んでいる,という意見ですね.

      私はこう思う:
      所属学会内での公開には学会発表と同レベルの危険性があるけど,一般Web公開にはとんでもない危険が潜んでいる.



      限りなくゼロに近い危険性をゼロとみなして良いのかどうかというと,覚悟をする事なくゼロとみなすのはダメだと思ってます.それは,もし被害が起きた時のダメージが人によってはあまりに大きいからです.ただし,動画を学会会員のみで公開をするとしたら,学会会場での発表と同レベルで「盗まれる」可能性があるわけだから,

      学会発表する覚悟≒学会限定Web公開する覚悟

      が出来ていれば,その人は学会内でWeb公開してもいいんじゃないでしょうか.学会会員のことを学会が正確に管理できていれば,という心配は多少ありますが.


      海外にも動画を晒すのは,公開する発表者が「国際学会で発表しても遜色ないか?」と自身に問いかけるといいのではないでしょうか.たとえ発表が日本語だとしても,英語を喋れる日本人を雇えば,日本語動画から内容を理解することは難しくない.式がメインならさらに理解は容易でしょうね.「論文として出していれば盗まれないから安心」という点で言えば,日本も海外も変わらない.日本の学会と海外の学会とを区別する必要はあまりないのではないでしょうか?


      最も怖いのは「どこの誰かわからない『賢くて悪い人』が見る可能性がある」ということ.だから,所属学会によって正確に管理された人々,もしくは信頼出来る直接の知人の間だけで動画公開して,学会の質疑or日頃の雑談のように議論するのが良いんだと考えてます.


      だから,私の考えはこれ:

      FBの友達のみ(or学会HPなど)に公開するリスク<リターン<『どこの誰かわからない人』に公開するリスク

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