2014年7月17日木曜日

nontraditional Coriolis termに関連する論文一覧


nontraditional Coriolis termに関連する論文タイトルおよび著者を書き留めておく.


ざっとまとめるならば,

  • 熱帯での重要性
  • 「近」慣性重力波の存在
  • 対称不安定性の違い
  • 「一般化」される方程式系
といったところだろうか.


新たに見つけたらコメント欄(or内容)に更新します.
新たに見つけた方がいましたら,コメントをお願いいたします.


●最も参考にしている論文.
White and Bromley 1995: Dynamically consistent, quasi-hydrostatic equations for global models with a complete representation of the Coriolis force.
↑"quasi-hydrostatic" equationsを導き,その保存性を証明した論文.スケール解析などにより,熱帯におけるnontraditional Coriolis termの重要性についても議論.

White et al. 2005: Consistent approximate models of the global atmosphere: shallow, deep, hydrostatic, quasi-hydrostatic and non-hydrostatic.
↑様々な方程式系をまとめて議論.


●慣性重力波など,Normal modeについて議論した論文.
Thuburn et al. 2002: Normal modes of deep atmospheres. I: Spherical geometry.

Thuburn et al. 2002: Normal modes of deep atmospheres. II: f –F-plane geometry.

Kasahara 2003: On the nonhydrostatic atmospheric models with inclusion of the horizontal component of the earth’s angular velocity.

Kasahara 2003: The roles of the horizontal component of the earth’s angular velocity in nonhydrostatic linear models.

Kasahara and Gray 2006: Normal modes of an incompressible and stratified fluid model including the vertical and horizontal components of coriolis force.

Kasahara and Gray 2010: Studies of inertio-gravity waves on midlatitude beta-plane without the traditional approximation.

Kasahara 2010: A mechanism of deep-ocean mixing due to near-inertial waves generated by flow over bottom topography.


●方程式系に関する論文.
Grimshaw 1975: A note on the beta-plane approximation.
↑"The importance of the horizontal component of the Coriolis parameter is illustrated for internal gravity waves near a critical level."とアブストラクトあるように,古くからnontraditional Coriolis termの重要性を示唆している.

Dellar and Salmon 2005: Shallow water equations with a complete Coriolis force and topography.
↑「一般的な」浅水方程式系を導いている.それらから現実的な大気のFree modeにはnontraditional Coriolis termがそれほど影響しないことを示唆していると思う.

Dellar 2011: Variations on a beta-plane: derivation of non-traditional beta-plane equations from Hamilton’s principle on a sphere.
↑「一般的な」β面方程式系を導いた.(進化し続ける方程式系に感動した.)

Tort and Dubos 2014: Towards an energy-conserving quasi-hydrostatic deep-atmosphere dynamical core.
http://meetingorganizer.copernicus.org/EGU2014/EGU2014-13322.pdf

●安定性に関する議論がなされた論文.
Stevens 1983: On symmetric stability and instability of zonal mean flows near the equator.

Sun 1994: Unsymmetrical symmetric instability.

Fruman and Shepherd 2008: Symmetric stability of compressible zonal flows on a generalized equatorial beta-plane.

Fruman 2009: NOTES AND CORRESPONDENCE: Equatorially bounded zonally propagating linear waves on a generalized beta-plane.

Itano and Maruyama 2009: NOTES AND CORRESPONDENCE: Symmetric stability of zonal flow under full-component Coriolis force —Effect of the horizontal component of the planetary vorticity—.


●海洋関連の論文.
Gerkema et al. 2008: Geophysical and astrophysical fluid dynamics beyond the traditional approximation.
↑大気についても触れられている.

Stewart and Dellar 2010: The role of the complete Coriolis force in cross-equatorial flow of abyssal ocean currents.

Stewart and Dellar 2010: Multilayer shallow water equations with complete Coriolis force. Part I: Derivation on a non-traditional beta-plane.

Stewart and Dellar 2011: Cross-equatorial flow through an abyssal channel under the complete Coriolis force: 3 Two-dimensional solutions.



(雑誌名は割愛)


追記2012年9月6日

Hayashi, Michiya, Hisanori Itoh, 2012: The Importance of the Nontraditional Coriolis Terms in Large-Scale Motions in the Tropics Forced by Prescribed Cumulus Heating. J. Atmos. Sci., 69, 2699–2716.
http://journals.ametsoc.org/doi/abs/10.1175/JAS-D-11-0334.1

Publishされました(^^)熱帯熱源応答へnontraditional Coriolis項が無視できない大きさで影響するということをスケール解析と数値計算の両面から示しました.


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ご覧になってわかるように,多くの研究が70年代から実は行われている.2000年代になり,その議論は大気・海洋ともに活発化している.静力学から非静力学への移行を考えると,調度良い事実だろう.

実際に文献を読むと分かるが,nontraditional Coriolis termを含めると議論が難解になり,従来の方法では議論を展開できなくなる場合が多い.そこに気象学の発展の余地は大いにあると考えている.

2014年2月23日日曜日

土日になるとふと行きたくなる、筥崎珈琲

このお店に出会って以降、ほぼ毎週、珈琲豆を買いに訪ねてました。
今でも、福岡にいませんが、行く機会あるたびに豆を買いに行ってます。



なんで今でも行けるか?

毎週土日は必ず営業してるって、信じれるから。


何で行きたくなるか?

豆が美味しいだけじゃなくて、ご夫婦とひと目会いたいから。



「筥崎珈琲」は、珈琲豆屋であるだけじゃなく、人と人とを繋ぐ空間。
http://www.cafeivsi.com/hakozaki_coffee/01.html




「筥崎珈琲」
福岡市東区筥松2丁目16-11
TEL・FAX:092-402-7363
OPEN 土・日のみ 10:00~18:30



--
(晃子さん)
「まずは土日だけやってみようかと。
土日だけで何かやってみようというのは、以前から思っていたし。

でね、最初に「やるならば、どんなことがあっても土日は必ずお店をあけよう」と決めたんです。

どんなことがあっても。」
( http://www.cafeivsi.com/hakozaki_coffee/03.html より抜粋)

--
(俊治さん)
「アクションですよね、アクション。
うちの嫁さんの座右の銘は、「やってみてなんぼやろうもん」ですから。」

(晃子さん)
「はははは。」

(俊治さん)
「ここをやり始めたのも、その言葉からスタートだもんね。」
( http://www.cafeivsi.com/hakozaki_coffee/05.html より抜粋)
http://www.cafeivsi.com/hakozaki_coffee/04.html より

http://www.cafeivsi.com/hakozaki_coffee/02.html より

http://www.cafeivsi.com/hakozaki_coffee/01.html
http://www.cafeivsi.com/hakozaki_coffee/02.html
http://www.cafeivsi.com/hakozaki_coffee/03.html
http://www.cafeivsi.com/hakozaki_coffee/04.html
http://www.cafeivsi.com/hakozaki_coffee/05.html

2014年1月17日金曜日

「新」という1年間

2013年が終わり,2014年に突入した.

2013年の1年間,何もかもが変わり,新しくなった.
というわけで,2013年の漢字はこれだ:

「新」


2013年に突入した頃,なにをしていたか.とにかく追われていた.

九大大学院の修士論文を納得できるように仕上げたい.
しかし東大大学院の博士課程の試験がすぐそこに迫ってきている.
2つの獲物を同時に追うのはなかなか苦労を要する.
しかも,両方逃してはいけないという状況で,
プレッシャーというかストレスというか,何かに追われ,戦っていたような.

研究室に居ると研究をしてしまって勉強に手がつかなくなることがあるから,勉強は図書館でやっていた.それを終えて,夕飯食べて,研究室で研究.そんな毎日だった.


せっかくなので,1年間のことをまとめとこうかな.


1月の中頃,東大に試験用修士論文提出の日を翌日に控えた夜は,研究室の床で寝た.
(どうでもいいけど,毛布1枚とリポビタンDのダンボール箱で簡易寝床を作って寝たな.)
翌日,指導教員と議論をしてから提出のはずが,まさかの先生が高熱で寝込んでしまい,電話でなんとかやりとりして,試験用なりに仕上げた.
ちょっと高級な紙に印刷して封筒に入れ,速達郵便で送った.
郵便局の方にもギリギリに出してしまって申し訳ない思いでした.

1月末に東大で筆記試験を受けた.初めて赤門のある東大にやってきた.
東京の道路には1月14日に降ったと思われる雪がまだ多く残っていたのを覚えている.

とても良く出来たと言えないものになってしまったが,なんとか筆記試験の合格をいただくことができ,2月6日に口頭試問を受けに再び東大へ向かった.
確かその日は,「雪が降るのか降らないのか」という談義が空港で行われており,もし羽田に着陸できない場合は大阪に降りますと言われ,時間に間に合わないのではないだろうかと,焦った.結果,雪は降らず,無事羽田に定刻で着陸した.(ちょっとした賭けだったのは,ここだけの話.)

試験会場に着くなり,学会の聴衆よりもここの審査員の方が「豪華」ではなかろうか,という風に感じた.口頭試問を終え,「豪華」な審査員のひとりふたりと議論させていただき,そのあと研究室関連の方々とお話して,試験(+α)の全てを終えた.

試験の合格発表はなかなか遅く,3月6日だったと思う.
郵送で合否の連絡を受けることになっていたので,数日遅れてその知らせが来ると思い,待っていた.そしたら,東大に修士課程から入学していた友達が,「名前があったよ」と突然メールをくれた.自分で初めに確認したかったという気持ちもあったが,ありがたくその連絡を信用させてもらい,親や先生,周囲の人達にお礼を言った.

いままでの生活を離れ,新しい生活を送ることが決定した瞬間だった.

福岡を離れるのにバタバタして,懐かしむ暇がなかったのは,今になって悔やまれる.
それでもたくさんの人に見送ってもらい,嬉しかった.電車の駅まで来てくれた人たち,新幹線まで楽器やキャリーケースを運んでくれた皆さん,ありがとうございました.
新幹線が博多駅を出てから,ぶっちゃけ,しばらく泣きました.なんのために泣いたかわからないけど,とにかく自然に涙が溢れる経験をしたことが殆どなかったから,それで福岡を本当に離れるんだということを実感した.



さて,3月29日には千葉の新居に辿り着いた.荷物が届くのは2日後.
非常に寒かったので,1畳分のカーペットを購入したが,スーツが入った袋を布団にして硬い床の上に寝たので,死ぬほど寒かった.新しい居住地,柏の洗礼をうけた日だった.
なので,翌日はつくばの友達の家へ逃げ込んだ.

4月に入り,入学式もあったが,その前に大学に顔を出し,挨拶して,机とパソコンを頂いた.
大学の学生室の構造の特性上,なかなか九大の時のように温かい感覚はなく,むしろ閑散とした印象だった.これが東大か,と受け止め,研究を進めるための新しい環境を整えた.
何より記憶に残っているのは,4月に入ってまだ5日しか経っていない時に行われた懇親会.
いきなりお酒の席でやらかしてしまい,後輩には申し訳ないことをした.ただし記憶に無いのだけれども.その後は気をつけている(つもり).
入学しました


新しい環境のありかたに慣れはじめながら,どんどん月日は経っていった.
5月には前指導教員の退職記念パーティーのために福岡へ.
パーティーの前夜にも元バイト先の友人たちと食事したりして福岡を楽しんだ.
気象学会を終え,気象庁で講演するきっかけをいただき,6月になってから気象庁を訪ねて研究発表をさせて頂いた.現業を見ている力学好きなひとの助言は非常に有益だった.
そのあと7月にはスイスの学会へ参加.初めて見るスイスの山に感動した.ただ,行きの電車の中でキャリーケースを置き去りにした事件は,なかなかスリリングだった.学会発表後に自分の研究分野の大御所とふたりで多く話せたので,この学会発表は成功だ.

8月に入り,B'zとAerosmithのライブに行ったり,福岡に立ち寄ってまた行きつけの定食屋で唐揚げを食べたりして,
はこざきの唐揚げ.ぶれとる

その後,角島に遊びに行って,そのまま久々の実家へ帰省.なに流星群だったか忘れたが,声を上げるほど大きな流星が出迎えてくれた.8月の終わりに初の沖縄へ.研究会のためだったが,せっかくなので沖縄をひとり満喫してきた.三線を聴きながら飲むのは楽しく,新しい世界が見えた気がした.


さて,9月になると気象夏の学校がまずあった.海洋との合同で,海洋の新しい知り合いを欲していた自分にとって良い機会だった.講演で賞を頂いたが,どうやら飲み会の方の印象が皆さんには残っているようでした(反省).
9月の終わりにはJAMSTECで講演をした.最後の発表で時間が余っていると言われ,たくさん喋りすぎてしまったが,有益なコメントを頂けたし,自分の中では良かったと思っている.

10月は台風セミナーと研究会のために京都へ1週間近く滞在.特に,研究会では大気海洋相互作用に関する新しい知り合いがまた増え,今後に繋がる時間だった.11月に入ってすぐに,再び京都へ.Vallis先生と写真を撮れた.なかなか思い出深い.その後くらいに先輩と旅行へ行き,そのあと気象学会があり,仙台で多くの人とお酒の席でお話を出来て有意義だった.

11月24日には,初めてのつくばマラソン参加.フルマラソン自体は3回目だが,あまりに練習してなさすぎて憂鬱だった.申し込んでしまったものはもったいないと思い,当日一生懸命走った.頑張れば歩かずになんとかゴールできるもので,出てよかったとは思う.ただ,膝の痛みが3週間以上も続いたのは明らかに練習不足のせいだな.
完走直後でふらふら


12月になる頃,九大の学生と旅行へ.懐かしいメンバーと新しいメンバーと時間を共有することが出来,楽しかった.九大はこれからもそういう研究室であってほしいな.

そして12月に入るとすぐ,京都でAdam Sobel氏による講義が4日間にわたって行われた.ちょうど誕生日をはさんでいたので,誕生日プレゼントと思って聞き入った.なかなか熱のある先生で,個人的に色々質問した時に伝わってきたパッションは僕の奥深くに響いた.誕生日は,先輩がプリンとビールで祝ってくれた(結構嬉しかった).

12月の中頃に地元の同窓会があり,10年ぶりくらいに会う人も多く,懐かしい話や新しい話で盛り上がった.わざわざ帰ってよかったと思ってるし,幹事の人達には心から感謝している.

そして12月も終わりに差し掛かり,年末は福岡に立ち寄り,いつものメンバーで飲んだりして,楽しく過ごした.嬉しい事もあった.九大では元指導教員とも多く話した.
そんなこんなで大晦日に福岡を離れ,実家へ帰った.ちなみに,楽しみすぎたのか,大晦日は高熱で寝込み,正月も体調が優れなかった.まだまだ書き足りないが,こんなとこでしょうか.
千葉へ戻るときに見えた富士山.初めて見た.

地元の木造の橋,錦帯橋.





ただの長い遊んだことの覚書みたいになったけど(笑),
2013年は新しい生活,そして新しい出会いが印象深い1年間だった.
慣れない場所で慣れない空間で上手くいかないこともあったけど,良い経験だった.

2014年は,早速,新しい出会いもあったことだし,毎日を大切にしながら過ごしていきたいものだなぁ.
今年は「新」ではなくて,なにか違う印象が残るような1年にしたいな.
努力すべきことも多いので,

「努」

といえる1年にしたい,かな.



本年もよろしくお願いいたします.

2012年10月7日日曜日

研究発表動画Web公開の魅力と危険

学会における研究発表の録画動画は
Webで公開すべきか?すべきではないか?


こんなことを考えたことのある人はどのくらいいるだろう?
この質問にはっきりと答えられる人はどのくらいいるだろう?


すぐに「情報漏洩だから,すべきでない」と答える人は多いだろうが,
少なくとも,私ははっきりとした答えを持ち合わせていない.

完全なWeb上での一般公開については,「おおよそ」反対派である.しかし,単に反対ではなくて,この質問に関して私が考えていることは多くある.なぜなら,Webで公開することによるメリットが非常に魅力的だからだ.私が考える動画公開の魅力とそこに潜む危険性について,本記事では考えてみることにする.まずは魅力から始める.

■ 魅力 ■
知ってもらうチャンスが増える

なぜ研究者は学会発表するのか―研究論文が出版されたから宣伝のために参加するのか?

私が所属する学会では,まだ論文になっていない研究について発表する例が多いようだ.彼らは何のために決して安くはない参加費を払い,多くの研究者の前に立って研究成果についてなるべく分かりやすく説明しているのだろうか.おそらく,多くの場合は

  • 自分が何の研究をしているか知ってもらいたい
  • これまでに何が分かったか知ってもらいたい
  • これまでに何が分かっていないか理解してもらいたい
  • 研究の発展に繋がるコメントを得たい
などだろう.そのために,ポスターやスライドを利用して,時には汗をかきながら喉を枯らして,懸命に人に己の成果を伝えようとしている.

さて,ここで次の質問への答えを考えてみよう: 
10分間で100人に対して一生懸命発表して,いったい何人の人が研究を正確に理解し,ともに考えをめぐらせ,質問およびコメントを発表者に与えることができるだろうか?

私はこう思う: もしプレゼン技術が平均的なレベルであれば,10人からコメントをもらうことができただけで相当な大成功ではなかろうか.逆に考えると,残った90人は発表を聞き流していることとなる.

発表者が他の研究者に知ってもらいたいと考えているのであれば,10分間の付き合いだけで終わってしまっては非常にもったいない.そこで役に立ちそうなのが「インターネット」である.

今や,世界中はWebで常に繋がっている.そこに学会で発表したときの動画をアップロードしてしまう.するとどうなるか?内容を理解できなかった,都合が合わず学会に来れなかった,もしくは他のセッションにいて発表を見ることができなかった人も,Web公開されていればいつでも見れる.うまく彼らとWebで繋がり合うことができたとしたら,学会発表におけるたった10分間を無限の時間へ拡大できる,つまり知ってもらうチャンスが大幅に増えることになる.

このように知ってもらえるチャンスが増えることは,研究者にとって非常に魅力的なことだ!



ここで,動画のWeb公開に関するいくつか危険性があることは容易に想像できるだろう.
■ 危険性 ■
誰でも見れてしまう

例えば,YouTubeに完全に自由に閲覧できるように研究発表動画を公開したとしよう.誰がその動画を見るだろうか?

もともと,学会発表は学会会員(および大学の学生)が聴講に来ることを想定して行なっている.しかしながら,もしWebで完全公開してしまうと,不特定多数の身元もわからない人から見られうる.さらに悪いことに,通常は,誰が見ているかなど,発表した本人は知ることができない.これでは,学会会員以外に研究について知られ,動画を見た人が「運悪く」秀才でできる人だったとしたら,発表者より先に論文としてまとめて投稿しかねない.

もちろんこれは極端な例である.普通,専門外の賢い人がわざわざ人の研究を論文にして出したりしないだろう.しかし,可能性として「生じないとは言い切れない」というだけだ.この普通起こり得ない可能性でも,出来る限り排除すべきだと考える.

学会における環境と同様,身元の分かる人々のみが閲覧可能な環境を作った上で,発表動画をWeb上に公開する必要はあるのではなかろうか.

そのための方法はいくつかあるだろう.例えば,Facebookの「友達」限定公開機能とYouTubeのリンクを知っている人のみ閲覧可能という設定を使う.発表者自身がFacebookのタイムラインにリンクを貼り,知り合いであるはずの「友達」のみに公開する.それに対する議論も,その書き込みのコメント欄or直接emailで行う.そうすれば,少なくとも知り合いの範囲を超えること無く,Webを利用して動画を公開できるのではなかろうか?
(そもそも,YouTubeやFacebookを信用しないのであれば話は別であるが.)

学会のHPで学会会員のみが閲覧できるシステムを作って公開するのも,難しいだろうが,方法としてはありうる.ちなみに,アメリカの気象学会にあたるAmerican Meteorological Societyは,ConferenceのWebページに発表者の承認のもと音声と発表資料を完全一般公開している場合がある.

他に良い方法があれば教えていただきたい.


いくら動画を安全に公開できたとしても,本当に知ってもらうためには困難もあるようだ.
■ 困難 ■
見てもらえない

この記事を書く前に,同じ分野で研究をしている茂木さんとFacebookを通じて以下の様なやり取りをした.学会発表の動画を頂く際に,Web公開をしようかどうかという提案を受けた後の会話であり,前半は危険性に関することだが,後半が「見てもらえない」という困難に対応している:
茂木さんは,多くの人に発表資料を見てもらうために,並ならない労力を費やしてきた.その結果として,茂木さんが何か情報をアップロードする度に,多くの人が関心を持って閲覧し,コメントを残すようになったという.

勝手に見られてしまう恐怖というのはあるが,現実は,見てもらいたくてもなかなか見てもらえないのだ.YouTubeに完全公開で投稿したとしても,世界中の何人が検索によってヒットし,見ることができて,それに対していろいろ考えを巡らせるだろうか?知名度のない,影響力の弱い人がひとつの動画を投稿したからといって,滅多なことでは有名にならない.


このように,いくら安全に公開する方法を思いついたとしても,単純にWebにアップロードしたところで,他人に研究内容を知ってもらえないのだ.この困難を乗り越えるためには,熱心にブログを更新し続けるか,自ら他人のブログにコメントしまくるか,様々な努力が必要である.もちろん努力は必要であるが,利用できるものもいくつかあるのでは?

例えば,知り合いの多くが高頻度で見ているFacebookや,専門家が興味を示すはずの学会ホームページを利用するのは,効率の良い手段のひとつではなかろうか.私は,これらの利用を検討する価値は十分にあると考えている.




長文をここまで書いてきたが,私の発表動画Web公開に対する考えの要点を,以下の3点にまとめて終わりとする:
  • たった10分間の動画を利用して無限のチャンスを得るために動画を公開したい.
  • 知ってほしい人だけに見てもらえるシステムが必要である.
  • 人に知ってもらうことは簡単なことではないので努力も必要である.

2012年9月6日木曜日

メリットだらけの小さな研究会

小さな集会にこそ大きな収穫がある


 ここ数週間でそんなことをひしひしと感じた.

  8月末に台風セミナー2012という台風研究者が50人程度集合
  9月頭に熱帯降水系研究会という降水を伴う熱帯擾乱の研究者が15人程度集合

いずれも比較的小規模な集会であり,どちらも非常に有意義だった.もちろん,定期的に開かれている大規模な学会も有意義である.様々な人が集まり,一部の人に研究を聞いてもらい,また一部の人とお話したり盃を交わす.大規模な集会に多くのメリットはあるが,私はここ数週間で小規模な集会に大きな意義を感じるようになった.もちろん,同じようなことを感じている人は多いだろう.


 では,なぜ小規模な集会でそこまでの価値を感じているのだろうか?私なりに考えて思い浮かぶ小規模な研究会およびセミナーに潜むメリットは

 1.マニアックな人だらけ
 2.全体で同じ知識を共有
 3.全員と交流できる

の3点だ.


1.マニアックな人だらけ
 小さな研究会やセミナーには同じ,もしくは類似した現象に興味を持って研究してきた人たちが参加する.彼らは大きな学会にも参加しているはずだが,一同が一箇所に集まるのは通常難しい.そんな人達がひとつの会場で同じ時間を共有できる.同じ時間にひとつの部屋にいるだけでも素晴らしいことだ!

 誰かが話しを持ちかけると,多くの人が反応し,話は発展しやすい.狭い部屋に居る分,声も届きやすいからだろう.会場が本当に狭ければ,普段隣りに座らないような人の側に自然に近づける.これも思わぬメリットかもしれない.

 同じ思いを持ったマニアックな人が狭い部屋に強制的に集まる小規模な集会は,素晴らしい時間としかなり得ない!


2.全体で同じ知識を共有
 マニアックな人だらけの狭い部屋で口頭発表する,もしくは発表者に質問すれば,会場全体が耳を傾ける.単に興味があるということ加えて,声が通りやすい・スクリーンが近いという理由もあるだろう.そうすると,発表された研究内容および質問,返答は参加者全体の共通の知識となる.

 参加者「全体」で,というのが重要なポイントだ.会場全体が真剣に発表を聞いてくれる.一つの質問で次々と盛り上がる.知識がより一層深まり,発表するのが楽しくなる.「こうあるべきだ!」という研究発表会が小規模な集会にはある.だから本当に有意義な時間となるんだ.


3.全員と交流できる
 全く知らない人ばかりでも,会場が狭く参加者が少ないほど半ば強制的に交流できる.参加者が10人程度であれば,知らない人10人と会話して盃を交わすのは難しいことではないだろう.

 相手のことを知らないからといって,何を話せばいいかなんて気にする必要はない.何度も言うように,「マニアックな人」ばかりが新しい「共通の知識」を既に得ているんだから,大好きな話をすればそれで盛り上がる.研究に対する思いをぶっちゃけてもいい.発表中に分からなかったことを質問してもいい.みんなそれを楽しいと感じている.

 思い切って申し込んで楽しむだけで人とつながれるんだって思ったら,参加せずにはいられないでしょ!ましてや参加者のうちで最も若い身分ならば,憧れの研究者と交流する最大のチャンスである.参加したどちらの集会でも,今まで話せなかった方々としっかりと交流することができた.小さい集会ならではのメリットを最大限に活かせたと,我ながら自身を褒めているところだ.



 以上のように,小規模の研究会およびセミナーには超魅力的なメリットに溢れている.研究についてしっかり話すことができ,さらに新たな人との繋がりが始まる.大きな収穫ばかりだ.今後も,もちろん大規模な学会も全力で参加するが,小さな集会を見逃さないよう積極的に参加し続けたい.

2012年5月13日日曜日

九大100年まつり


今日は幼い子供から70歳のおばあちゃんまでの幅広い方々に「プレゼン」しました!

といっても,本日2012年5月12日午前10時から午後16時半頃まで,九大100年まつりにおける研究室の出し物として「雲を作る実験」(ペットボトルを高圧状態から急激に低圧状態にして断熱冷却し,「雲(=水滴)」ができるという簡単な実験)とその他一つの実験をして,皆さんにその過程を論理立てて考えてもらい,説明したりしたということです.
実験後に「なぜ?」について考える後輩と子供たち.


オープンキャンパスとも学会とも全く違う層の人達がランダムに見学しに来るので,それぞれの相手に合わせて説明するということに大変苦労しました.

元気な男の子
純粋な女の子
非常に鋭い少年
賢い少女
詳しい大人の方々
理科の先生?
元気なおばあちゃん
・・・

いろんな人とお話ししながら「雲」を作ってもらって,なんで「雲」が出来るのか,そもそも雲って何なのかなど,考えてもらいました.(意外と「雲=水蒸気」と考えていた人が多かったです.)


多くの人に楽しんでもらえたのは非常にありがたかったし,やったかいがあったと思えました.子供たちも「学校じゃやってない!」「すごい!なんでぇ??」「楽しい!もう一回!!」などと言ってもらえて,評判でした.好奇心旺盛な小学生から中学生くらいの子供たちと,実験に関する論理立てたディスカッションができたので,その点は◎を後輩たちと自分にあげようと思います.

ただひとつ心残りだったのは,非常に元気な子供たちを引き連れてやってきた保護者の方の一言に気付かされた反省点にあります:
「こういう実験した後に,天気図の書き方とかも教えてくれたらいいんだけどね~.」
何気ない一言だったかもしれないし,もっと深い意味を込めていたかもしれませんが,私には
「楽しいだけじゃなくて,ハイレベルなところまで繋げて喋ってくれたらいいのにな~」
という風に聞こえました.考えすぎでしょうか.


楽しい時こそ学びのチャンスなんでしょうから,
楽しいと思ってもらえたからこそ,
もっと学んでもらえるようにアプローチできたら良かった
のかなと思っています.


特に,わかりやすい簡単な実験しかせずに,最新の気象研究を伝えていなかったということに反省を覚えました.めったにない一般の方々と「気象」を通じて交流できる機会だったので,もっと今,何を皆が研究しているかをお話できたら良かったです.

このような機会が次にいつ訪れるかはわかりませんが,これから気象を研究していく者として,そういう機会を逃さずにしっかり最新の気象研究を一般の方々にお伝えできるよう頑張ります.



何はともあれ最後に一言.
いろんな人と実験して一緒に考えながら話すの,ちょー楽しい!!

2012年4月21日土曜日

アメリカからの3つの刺激

やばい、早く研究しなきゃ。
てか、みんなで研究しなきゃ。
そもそも、もっとみんな参加しなきゃ。




アメリカのフロリダ州Sawgrass Marriottで2012年4月16日~20日まで開催されたAmerican Meteorological Society主催の研究会、The 30th Conference on Hurricanes and Tropical Meteorologyに参加して思ったこと。2年に1回行われていて非常に歴史の深い研究会であり、やはり最新の研究をするすばらしい研究者がこぞって惜しげもなく発表しまくっていた。もちろん僕も発表した。発表の内容は幸い、3月末にthe Journal of the Atmospheric Sciencesに受理されており、自信を持って発表を行うことができた。それについてはここでは触れないことにして、他の研究者の発表を5日間聞き続けて感じたことをここに残しておく。



やばい、早く研究しなきゃ。

そう思ったのは学会が始まって2日目くらいのことだった。僕が興味を持っているMadden-Julian振動という熱帯インド洋から太平洋にかけて積雲群が東進する現象のメカニズムは、やはり未だにわかっていない。昨年の秋から冬にかけてCINDY/DYNAMOプロジェクトとして熱帯集中観測が行われていたこともあり、MJOについて多くの研究者が新たな知見を見いだしていた。「なぜゆっくり東進するのか」だけではなく、「なぜMJOが出現するのか」や「MJOと対流結合Kelvin波は本質的に同じだ」など、様々な観点からMJOのメカニズムをこぞって調べ合っていた。自分も現在、それに関連した研究を行っているつもりであるが、今僕が考えていることに近いかもしれない研究発表がいくつかあり、ちんたら研究していると「手遅れ」になってしまいかねないと思って焦った。元九大教授が言ってたことを思い出した。

「私は博士号をとるまでに何度も先を越されてきた。博士号取得になった研究はギリギリ勝ててよかった。」

やばい、早く研究しなきゃ。そして、早く論文にまとめて出版しなきゃ。



てか、みんなで研究しなきゃ。

みんなで研究するスタイルは、少なくともうちの分野の大学生ではあまり見かけない。自分のやりたいテーマをじっくり研究し、発表し、ひとつひとつこなしていく。もちろんそのスタイルは意味のあるものだし、好きだ。それを継続してかまわないと思う。ただ、アメリカの研究を見ていると怖くなる。「彼らは2年後、どこまで研究を進めてくるのだろうか。」

ざっくりといって、彼らのスタイルはこうだ。ある先生のもとで似通ったテーマを研究することで、その分野の学問は一気に進展する。おそらく、その先生が得意とする現象の研究をしたくてアメリカ全土、もしくは日本を含む海外から学生が集まってくるんだと思う。だから大規模に一気に研究を進めることができる。日本ではそういう印象はあまりないと思う。むしろ、同じ大学内ですら同僚が何研究しているかたしいて把握していないのが実情だ。このままだと有益な情報を得るチャンスを失い、失速してしまう。自分だけではできないことは山ほどあると思う。では、日本スタイルの「良さ」を残しつつアメリカスタイルの「良さ」を取り入れようとすれば、どうすればいいだろう?

日本中にいる学生を含む研究者と情報交換を綿密にし、仲間のつながりを深めていくのがいいのかもしれない。共同研究である必要はない。ただ、みんなでつながって研究しなきゃ。



そもそも、みんなもっと参加しなきゃ。

日本じゃ感じることのできない、質の違った高揚感が今でも残っている。むしろ文章を書きながら、再び高揚してきている。学会会場に足を踏み入れてみたらわかる。そこにいるのは、いつも僕が論文越しに「会っている」偉大な研究者たちだ。ちゃんと直接話せたとは言えないが、ポスター発表を聞いたり、Coffee breakで遠目で眺めたり(笑)。有名な方々の表情と声、身なりを覚えた。これから論文を読むときは「あ、あの人が書いたんだ。」と想像しながら読めると思うと、なんだかわくわくする。

研究発表はもちろん、すべての言葉を聞き漏らすまいと必死になれない英語に耳を傾ける。初日はしんどかったが、2日くらい経つと慣れてきた。興味がある内容の発表なら聞けるように変わった。一人でアメリカへ向かい不安は多かったが、それほど実際に苦労したことはない。英語が不安、生活が不安、日本が好きすぎるなどいろいろなことを考えている人がいるかもしれないが、とりあえず行ってみることから始めませんか?みんな、もっと参加しなきゃ。もったいない!



早く研究しなきゃ。みんなで研究しなきゃ。みんなもっと参加しなきゃ。




−−
研究発表において反省している点は多くある。
話すのが早くなった。聴衆とつながれなかった。質疑をうまく利用できなかった。
でも、この反省は次に生きるし、また行きたいと思えている。
早いうちに経験することで足は軽くなる。
だから僕はさっさといろんなことをしてみる。というより、してみたくなるんですよ。