2011年12月29日木曜日

On the Physical Interpretation of the Traditional Approximation

Nontraditional Coriolis項について多くの人に理解していただくために,問題となっている「Traditional Approximation」を気象力学ではなぜ必要とされているかに関する物理的説明に挑戦する.


端的に言うと,「Traditional Approximation」は角運動量の保存のためにしなくてはならなかった近似である.



そもそも,大気の運動はナヴィエ・ストークス方程式(NS式)で記述される.このことはどの気象力学の入門書にも書いてあるだろう(e.g., Holton 2004).この方程式はベクトル形式で導かれる:
Ω:地球の回転ベクトル,U:風速ベクトル,p:圧力,
ρ:密度,g:重力加速度,Fr:摩擦力など.
この式は,地球の回転による効果(コリオリ力)と圧力勾配による力(圧力傾度力),重力,その他の外力が大気に加速度を与える(左辺)ということを意味している.この時点ではまだ,近似を行なっていない.

NS式を計算のために,東西・南北・鉛直方向に成分分解する必要がある.その際に,鉛直方向を「楕円である等ジオポテンシャル面」に垂直な方向とすれば,重力加速度が水平成分を持たないので扱いが楽である.ところが,安直にそうしてしまうと地球を楕円として計算しなくてはならず,厄介である.そこで施すのが「球面ジオポテンシャル近似」であり,その「楕円である等ジオポテンシャル面」を球面として扱えるようにするものだ.詳細はWhiet et al. (2005)を読んでいただきたいのだが,この近似は我々が扱う領域では非常に良い精度で成り立つ.それで導かれるのが以下のような成分方程式系である:
u,v,w:風速,φ:緯度,r:地球中心からの距離.
いま,rは地球の中心からの距離という独立変数である.左辺にあるrを分母に含む項はメトリック項といい,地球の曲率に関連した項である.また,左辺のsinφを含む項は地球の回転ベクトルの鉛直成分に基づくコリオリ項であり,cosφを含む項は水平成分に基づくコリオリ項,すなわちNontraditional Coriolis項(NCTs)である.この方程式系はNCTsを含む非静力学方程式系(NonHydristatic Deep equations;NHD)そのものである.この方程式系は角運動量やエネルギー,渦位の保存則を満たす.

NHDは非常に良い方程式系だが,地球の大気というのは実質的には100km程度であり,地球の中心からの平均距離6371kmと比べて非常に小さいという理由から,より簡単に扱えそうである.メトリック項に含まれるrという変数を地球の平均半径aという定数で置き換えてしまい,一方で鉛直方向の勾配のrはzに置き換えると,NHDは次のように簡単化される:
r → a,r微分 → z微分.
この方程式系に施された「地球の平均半径aで置き換える近似」は,言い換えると,「鉛直方向の変位を固定した」ということである.実は,この近似によって,方程式系の角運動量保存則が満たされなくなっているということにお気づきだろうか?

東西方向の運動方程式に注目してほしい.鉛直方向の伸び縮みがないという仮定をしているのにもかかわらず,鉛直方向の速度に関連する項が存在している―そう,NCTsとメトリック項だ.本来ならば上昇流があると空気が「上へ」移動する.その時に,変数である「r」が伸び,「地球の回転軸からの距離」が大きくなる.そのような関係がNHDでは成り立っており,角運動量保存則が成立していた.ところが,変数「r」を定数「a」で置き換えると,その角運動量を保存する関係は破綻してしまう.したがって,鉛直速度wを含む項を除外しなくてはならない.このことは,White et al. (2005),もしくはWhite and Bromley (1995)で丁寧に式変形で解説されている.物理的には上記のイメージであろう.

同様の考えより,南北方向の運動方程式からも左辺のwを含むメトリック項を除外する.また,鉛直方向の運動方程式からは,水平風u,vを含む左辺のメトリック項と右辺のNCTsを除外する必要がある.これは,水平方向に速度がある場合に鉛直方向の変位があり,鉛直運動方程式においてはそれらを除外しなくては角運動量保存則が破綻するからである.

以上のような幾つかの項の除外,すなわち「Traditional Approximation」を施すと,角運動量を保存する方程式系が導かれる:
この方程式系はNonHydrostatic Shallow方程式系(NHS)と呼ばれており,NCTsを含まない非静力学方程式系である.これは保存則を満たす4つの方程式系の1つとして,White et al. (2005)によって紹介されているが,あまり一般的ではないかもしれない.しかし,非静力学モデルでNCTsを加えない設定にしているひとはこの方程式系を用いている(はず)だから,もっと一般に知られるべき方程式系である.

NHSのうち,鉛直運動方程式においては圧力傾度項と重力加速度項とのバランスが良い精度で成り立っているため,左辺の鉛直加速度項を除外したくなるだろう.それを除外しても角運動量の保存には支障がないため除外してやると,かの有名な静力学プリミティブ方程式系(Hydrostatic Primitive Equations;HPEs)が完成する:
この方程式系は多くの有名な教科書(e.g., Holton 2004)では,中緯度におけるスケール解析で小さな項を除外することで導かれている.しかしその除外は,正確に言えば,角運動量の保存を満たすために「なさなくてはならなかった」近似である.

HPEsは保存則を満たす上に,扱いが簡単(変数分離可能など)なので,これまで気象学を大いに発展させてきた.現在でも,世界中の全球予報モデルや再解析データを作るのに用いられている.一方で,熱帯でのNCTsの除外に関してはその不適当さが指摘されている(e.g., White and Bromley 1995; Hayashi and Itoh 2012).そこで,保存則を満たすもう一つの方程式系である準静力学方程式系(QuasiHydrostatic Equations;QHEs),
を用いてNCTsの影響を調査しようというのが,私の研究である.

【References】
Hayashi, Michiya and Hisanori Itoh, 2012: The Importance of the Nontraditional Coriolis Terms in Large-Scale Motions in the Tropics Forced by Prescribed Cumulus Heating. J. Atmos. Sci., 69, 2699-2716.
Holton, J. R., 2004: An Introduction to Dynamic Meteorology. 4th ed., Academic Press, 535 pp.
White, A. A. and R. A. Bromley, 1995: Dynamically consistent, quasi-hydrostatic equations for global models with a complete representation of the Coriolis force. Quart. J. Roy. Meteor. Soc., 121, 399–418.
White, A. A., B. J. Hoskins, I. Roulstone, and A. Staniforth, 2005: Consistent approximate models of the global atmosphere: Shallow, deep, hydrostatic, quasi-hydrostatic and non-hydrostatic. Quart. J. Roy. Meteor. Soc., 131, 2081–2107.

0 件のコメント:

コメントを投稿