2012年3月11日日曜日

Nontraditional Coriolis項の歴史とこれから

Nontraditional Coriolis項(Nontraditional Coriolis Terms;NCTs)は伝統的に運動量方程式から除外されてきた,惑星渦度の水平成分に由来するコリオリ項である.その除外のための近似は"Traditional approximation"と呼ばれ,Eckart (1960) によって名付けられた.名付けられる以前から,NCTsやメトリック項の「小ささ」を主な理由として方程式は近似されて用いられてきた.この近似が気象学・海洋学を発展させたのは言うまでもない.現象の本質を捉えるためには十分「小さい」からである.

この近似が必要なのは,その「小ささ」のみを原因としているわけではないということを強調しておかなくてはならない.直感的にもイメージできると思うが,大気の厚さが固体地球半径に比べて非常に小さいので,本来は変数である地球中心からの距離を定数で置き換えたくなる(Shallow atmosphere近似).ところが,それ同時にNCTsやいくつかのメトリック項を運動量方程式から除外しなければ,角運動量やエネルギー,渦位の保存則を方程式系が満たさなくなる.この制約を含めた理由により,NCTsが除外された静力学プリミティブ方程式系が伝統的に用いられてきた.


ここまで括弧付きで「小ささ」などと書いているが,実際のところNCTsは,特に赤道付近において無視できるほど小さくはない.あまり表立って騒がれることこそなかったものの,NCTs除外の危険性については古くから指摘されている.まずEckart (1960, p. 96) において,"Traditional approximation"を行う動機として
"What terms of the equations are responsible for the mathematical difficulties?"
とある.数学的に簡単にするためにNCTsを同時に除外してしまえ,というのがその答えだ.確かに数学的な取り扱いは非常に楽になる.運動量方程式を水平方向と鉛直方向との構造方程式に書き換えることが可能となる,すなわち変数分離可能になるということは大きな利点であろう.また,物理的なイメージも「容易」となる.水平面に直交する回転成分のみを扱えばよいので,「地球に固定された座標系で考えると,北半球において運動が進行方向右側へと曲げられる」というイメージを語れる.


しかし,NCTsを方程式から除外できるのは密度成層の効果が地球回転の効果より十分大きいときのみである.この条件についての議論は,古いものではQueney (1950) にまで遡る.まとまった議論としてはPhllips (1968) やGill (1982) を参照してほしい.すなわち,密度成層の効果が小さい場合にはNCTsの除外は適当でない.Müller (1989) の最後に
"It is always necessary to consider the actual physical situation to judge the applicability of this approximation."
と書かれているように,状況に応じて近似の妥当性を判断しなくてはならない.大気において考えてみると,積乱雲のような強い鉛直流がある場合にはNCTsを除外できないだろう.しかしながら,そもそも水平スケールが小さい積雲を考慮する場合には非静力学方程式を用いるのが通例となりつつある.それなら問題ないではないかと思うが,そうでもない.

まず,NCTsを含まない非静力学方程式を用いたモデルも存在しうることが1つ目の問題点として挙げられる.White et al. (2005) によって角運動量などの保存則を満たす方程式系は4つあるとされている:Nonhydrostatic Deep, Nonhydrostatic Shallow, Quasihysrostatic, Hydrostatic Primitive Equationsである.このうち,Nonhydrostatic Shallow EquationsがNCTsを含まない非静力学方程式である.しかし,"Traditional approximation"を用いる条件を満たさない状況でもNCTsを除外したいという理由がない限りは,それらを含んだモデルにするべきではなかろうか.ちなみに,Quasihydrostatic Equationsというのは鉛直加速度項のみを除外した方程式系である.知名度は低いが,UK Met Officeで現業に用いられたということもあり大変興味深い.

また,赤道付近においては惑星規模の積雲群がゆっくり東進するというMadden-Julian振動(MJO)という現象を始めとして,積雲対流活発な大規模運動が存在している.積雲対流を考慮した大規模運動で考えるときの平均的な鉛直流(約3cm/s)であっても,NCTsの大きさは運動量方程式において10%程度の大きさになりうることは,White and Bromley (1995) によりスケール解析で示唆された.大規模運動においても積雲対流に関連した現象であれば,NCTs除外による誤差を無視できない大きさで含んでしまう可能性がある.この大きさに関しては我々の研究により定量的に調査されている(Hayashi and Itoh, revised).その結果,積雲対流域付近においてNCTsは,とりわけ鉛直渦度や圧力摂動に大きな影響を及ぼすことが明らかになった.また,Roundy and Janiga (2011) は鉛直伝播する対流結合赤道波への影響を定量的に調査した.ここではNCTsによる効果を誇張して議論を進めているが,そこから見えてきた微かに傾いた構造や位相のずれは,量的に大きくないものの意識すべき特徴であろう.NCTsの影響が量的に小さいのは,積雲対流の存在は考慮されていないためであろう.


熱帯に限らず,NCTsに注目した研究は近年多くなされている.まず,NCTsを含む方程式による解析からnear-inertial mode(近慣性モード),もしくはBoundary-induced inertial mode(BIIモード)が自由モードの一つの解として存在することがThuburn et al. (2002)やKasahara (2003) ,もしくはEgger (1999) によって報告されている.彼らはNCTsを含む方程式系に波型を仮定した解を代入し,その振動数や構造を調査した.近慣性モードは非常に強く傾いた構造をしており(Thuburn et al. 2002, Fig. 7),振動数が惑星振動数(コリオリパラメータ)にほぼ等しいときに生じる.NCTsを含むことによって存在しうる,興味深い自由モードである.このモードに関しては,Gerkema et al. (2008)によりまとまった議論がなされている.

また,Fruman and Shepherd (2008) やItano and Maruyama (2009),Itano and Kasahara (2011) では対称不安定を始めとするパーセル不安定条件に与える影響が調べられている.Fruman and Shepherd (2008) のFig. 1は,Shallow atmosphere近似によって,すなわち同時に用いなくてはならない"Traditional approximation"によってどれほど惑星角運動量が変わってしまっているかを理解するのに良い図である.本来なら2次曲線である等惑星角運動量線は直線に置き換えられている.角運動量の分布に敏感な不安定条件が(多少なりとも)変わってしまうのだ.同論文で,伝統的には安定だった条件でもNCTsを含める場合に不安定になる例を挙げている点でも面白い.Itano and Maruyama (2009) では,NCTsが水平渦度であることに注目することで,基本場の南北方向の渦度,及び静的安定度をNCTsを加えた形に書き換えている.この書き換えは他への応用を期待させるimplicationである.

さらに,Dellar (2011) は多くの数値計算で用いられる伝統的なβ面を,NCTsを含むβ面へと拡張した.導かれた方程式系に改めて種々の近似を施し,馴染み深い方程式系を導き直している.なお,Grimshaw (1975)での議論によると,NCTsを含むβ面方程式系は角運動量や渦位を保存しないが,致命的な誤差ではないようだ.


以上の研究以外にも,ここでは紹介しきれないほど多くの研究がなされている.大気に限らず,深い海洋におけるNCTsの影響は多く調査されつつある(Gerkema et al. 2008など参照).それにもかかわらず,NCTsの重要性を考える研究者が多いとは思えない.特に,これから数値計算は静力学プリミティブから非静力学モデルへと移行することを考えると,NCTsの影響を事前に理解しておく必要がある.多くの人がNCTsの存在を意識しなければならない時代に入りつつあるといっても過言ではない.より精密な気象学へと発展させていくために,"Traditional approximation"だけでなく多くの伝統的になされてきた近似を見直す必要もあるのかもしれない.

2011年12月29日木曜日

On the Physical Interpretation of the Traditional Approximation

Nontraditional Coriolis項について多くの人に理解していただくために,問題となっている「Traditional Approximation」を気象力学ではなぜ必要とされているかに関する物理的説明に挑戦する.


端的に言うと,「Traditional Approximation」は角運動量の保存のためにしなくてはならなかった近似である.



そもそも,大気の運動はナヴィエ・ストークス方程式(NS式)で記述される.このことはどの気象力学の入門書にも書いてあるだろう(e.g., Holton 2004).この方程式はベクトル形式で導かれる:
Ω:地球の回転ベクトル,U:風速ベクトル,p:圧力,
ρ:密度,g:重力加速度,Fr:摩擦力など.
この式は,地球の回転による効果(コリオリ力)と圧力勾配による力(圧力傾度力),重力,その他の外力が大気に加速度を与える(左辺)ということを意味している.この時点ではまだ,近似を行なっていない.

NS式を計算のために,東西・南北・鉛直方向に成分分解する必要がある.その際に,鉛直方向を「楕円である等ジオポテンシャル面」に垂直な方向とすれば,重力加速度が水平成分を持たないので扱いが楽である.ところが,安直にそうしてしまうと地球を楕円として計算しなくてはならず,厄介である.そこで施すのが「球面ジオポテンシャル近似」であり,その「楕円である等ジオポテンシャル面」を球面として扱えるようにするものだ.詳細はWhiet et al. (2005)を読んでいただきたいのだが,この近似は我々が扱う領域では非常に良い精度で成り立つ.それで導かれるのが以下のような成分方程式系である:
u,v,w:風速,φ:緯度,r:地球中心からの距離.
いま,rは地球の中心からの距離という独立変数である.左辺にあるrを分母に含む項はメトリック項といい,地球の曲率に関連した項である.また,左辺のsinφを含む項は地球の回転ベクトルの鉛直成分に基づくコリオリ項であり,cosφを含む項は水平成分に基づくコリオリ項,すなわちNontraditional Coriolis項(NCTs)である.この方程式系はNCTsを含む非静力学方程式系(NonHydristatic Deep equations;NHD)そのものである.この方程式系は角運動量やエネルギー,渦位の保存則を満たす.

NHDは非常に良い方程式系だが,地球の大気というのは実質的には100km程度であり,地球の中心からの平均距離6371kmと比べて非常に小さいという理由から,より簡単に扱えそうである.メトリック項に含まれるrという変数を地球の平均半径aという定数で置き換えてしまい,一方で鉛直方向の勾配のrはzに置き換えると,NHDは次のように簡単化される:
r → a,r微分 → z微分.
この方程式系に施された「地球の平均半径aで置き換える近似」は,言い換えると,「鉛直方向の変位を固定した」ということである.実は,この近似によって,方程式系の角運動量保存則が満たされなくなっているということにお気づきだろうか?

東西方向の運動方程式に注目してほしい.鉛直方向の伸び縮みがないという仮定をしているのにもかかわらず,鉛直方向の速度に関連する項が存在している―そう,NCTsとメトリック項だ.本来ならば上昇流があると空気が「上へ」移動する.その時に,変数である「r」が伸び,「地球の回転軸からの距離」が大きくなる.そのような関係がNHDでは成り立っており,角運動量保存則が成立していた.ところが,変数「r」を定数「a」で置き換えると,その角運動量を保存する関係は破綻してしまう.したがって,鉛直速度wを含む項を除外しなくてはならない.このことは,White et al. (2005),もしくはWhite and Bromley (1995)で丁寧に式変形で解説されている.物理的には上記のイメージであろう.

同様の考えより,南北方向の運動方程式からも左辺のwを含むメトリック項を除外する.また,鉛直方向の運動方程式からは,水平風u,vを含む左辺のメトリック項と右辺のNCTsを除外する必要がある.これは,水平方向に速度がある場合に鉛直方向の変位があり,鉛直運動方程式においてはそれらを除外しなくては角運動量保存則が破綻するからである.

以上のような幾つかの項の除外,すなわち「Traditional Approximation」を施すと,角運動量を保存する方程式系が導かれる:
この方程式系はNonHydrostatic Shallow方程式系(NHS)と呼ばれており,NCTsを含まない非静力学方程式系である.これは保存則を満たす4つの方程式系の1つとして,White et al. (2005)によって紹介されているが,あまり一般的ではないかもしれない.しかし,非静力学モデルでNCTsを加えない設定にしているひとはこの方程式系を用いている(はず)だから,もっと一般に知られるべき方程式系である.

NHSのうち,鉛直運動方程式においては圧力傾度項と重力加速度項とのバランスが良い精度で成り立っているため,左辺の鉛直加速度項を除外したくなるだろう.それを除外しても角運動量の保存には支障がないため除外してやると,かの有名な静力学プリミティブ方程式系(Hydrostatic Primitive Equations;HPEs)が完成する:
この方程式系は多くの有名な教科書(e.g., Holton 2004)では,中緯度におけるスケール解析で小さな項を除外することで導かれている.しかしその除外は,正確に言えば,角運動量の保存を満たすために「なさなくてはならなかった」近似である.

HPEsは保存則を満たす上に,扱いが簡単(変数分離可能など)なので,これまで気象学を大いに発展させてきた.現在でも,世界中の全球予報モデルや再解析データを作るのに用いられている.一方で,熱帯でのNCTsの除外に関してはその不適当さが指摘されている(e.g., White and Bromley 1995; Hayashi and Itoh 2012).そこで,保存則を満たすもう一つの方程式系である準静力学方程式系(QuasiHydrostatic Equations;QHEs),
を用いてNCTsの影響を調査しようというのが,私の研究である.

【References】
Hayashi, Michiya and Hisanori Itoh, 2012: The Importance of the Nontraditional Coriolis Terms in Large-Scale Motions in the Tropics Forced by Prescribed Cumulus Heating. J. Atmos. Sci., 69, 2699-2716.
Holton, J. R., 2004: An Introduction to Dynamic Meteorology. 4th ed., Academic Press, 535 pp.
White, A. A. and R. A. Bromley, 1995: Dynamically consistent, quasi-hydrostatic equations for global models with a complete representation of the Coriolis force. Quart. J. Roy. Meteor. Soc., 121, 399–418.
White, A. A., B. J. Hoskins, I. Roulstone, and A. Staniforth, 2005: Consistent approximate models of the global atmosphere: Shallow, deep, hydrostatic, quasi-hydrostatic and non-hydrostatic. Quart. J. Roy. Meteor. Soc., 131, 2081–2107.

がむしゃら

2011年というのは私にとって「がむしゃらな一年間」だった.
気象学会,国際学会,論文投稿に初チャレンジし,それと同時に多くの人と出会ってきた.財産となる一年間だった.



ちょうど一年ほど前,気象の研究として学部4年中間発表を終えていた.そして,卒業研究の発表,卒論….気象を必死に学ぶ学生が,気象研究者という世界に一歩足を踏み入れた瞬間だった.それから一年が過ぎた.


そもそも何で気象の道に進もうと考えたのか.ふと,そんな疑問が頭をよぎる.確か気象研究者になりたいと思ったのは高校2年の初め頃.当時は高校で受験勉強を主にしながら,部活をプレクトラムアンサンブル部(マンドリンクラブ)で満喫していた.

そんな中,もう一つ興味があったことが「地球温暖化」しているという事実だった.とりわけ勉強していたわけではなかったが,ひとつの疑問は頭から消えなかった:

「何で気象学者がたくさん頑張っても,温暖化していることすら社会に認められず,また温暖化のメカニズムも解明されないんだろう.」

何で解明されないのかという疑問…当時だからこそ口にできたんだと思う.その原因は人為的か自然的かというのは多くの本で言い合われていた.私自身はなんとなく温暖化は人為起源だと信じていたが,その説明はできたわけでもない.今でもメールの流出事件によって「気象学者が作り出している事実」のように噂されることもある.(その件に関しては反論がある.生データを一般の人が見て理解できるわけがないので,それをわかりやすく説明するために図表を作っている.細かい議論をしても本質は変わらない.それをデータの改竄と呼ぶものは勉強不足だ.)とにかく,気象への道に私を誘ったのはそんな疑問であった.結果的に九州大学を選び,受験した.そして目標であった研究室である「対流研科学研究室」に無事配属された.


気象の勉強は学部初期から授業があった.伊藤先生の大気海洋科学を始めとして多くの授業を履修してきた.それと同時に物理や数学の基礎も学んだ.3年の前半は興味が数学に移り,線形代数などをよく勉強した気がする.3年生の後期に配属が仮決定されるので,それまでの成績は非常に重要だった.幸い,点数は足りた.それが決まると,気象を学びたい気持ちがより一層強くなった.そこで川野先生に紹介してもらった「気象力学通論」(小倉義光 著)を必死に読んだ.夏から冬にかけてはそればかり読んでいた.3月に入る頃に読み終わった.力学的に大変難しかったので,再び数学に惹かれてきて,ベクトル解析を学び直した.ちょうどその頃,指導教官の退官が近いということで,大学院は他大学に行くことも考えていた.3月に東大の先生と会って,自分がやりたいことを話して,たしかにここの研究室が向いているかもしれないと言われた.しかしながら,最終的には九州大学を選んだ.うちの指導教官にあと2年間指導してもらえるなら,どうしても指導を受けたいと直感的に感じたからだ.ただ,その東大のK先生から聞いた言葉は一生忘れないだろう:

「絶対にStandardを下げるな.回りがどうであれ,常に自分ができる最大限で臨め.」


学部4年生になり,研究テーマを決めなくてはならなくなった.先生に持ちかけたのは「大気海洋結合を含む大規模スケールの現象を,力学的に扱える研究がしたい」ということだったはずだ.かなり大ざっぱな興味であった.先生に相談した結果,次のようにテーマが決まった:

「まずは大気から研究するということで,熱帯での力学を数値モデルを使って研究しないか.前から気になっているテーマがある.」

ということで,今のテーマである「Nontraditional Coriolis項(NCTs)の熱帯での重要性」に出会った.元々の興味とは逸れているのだが,興味深い内容だったのでこれを研究することに決めた.はじめは非常に苦労した.二次元で分散関係がどうNCTsの有無で変わるか,式を一生懸命変形したり,強制を与えて数値計算したりして調べたが,ほんの少ししか影響がない.重要じゃないではないか…という結論で終わりそうになった.

3次元実験をして,ようやく重要だという結論にたどり着けそうになってきた.なんとか卒研発表を乗り越えた.
当時のポスターは文字が多くてわかりにくい...

それを,他の実験も全て含めて卒論にまとめて,3月5日に気象学会九州支部会で発表した.当時の発表が聴衆に伝わったかどうかは今となっては疑問でしか無い.同様の内容は,2011年春の気象学会でもポスター発表している.その時は現業の方や他大学の人,防衛大のNCTsに注目している先生など,多くの人に脚を運んでもらえた.ほんとうに嬉しかった.ただ,彼らと名刺交換などをしておらず,誰が聞きに来てくださったのか分からなくなってしまったのは,悔いが残る.名刺を作っておけば良かった.

その発表後にさらに考察を重ねて,直感的にNCTsの影響が何故大きくなるかまでわかった.さらに,先生と協力して式による証明にも成功した.ここまでまとめることができたのは指導教官とともに研究してきたからである.そして,それを投稿論文にする作業が始まった.日本語で書き始め,何度も議論を重ねて英語に翻訳した.ちょうどその頃,韓国で日中韓気象連合大会があると聞きつけたので,思い切って参加することに決めた.国際学会デビューである.夏には夏の学校が名古屋であり,そこで多くの人と出会った.昨年も参加したが,さらにその輪が広がった.このような人とのつながりは,一生大事にしていく.口頭発表をしたことで,NCTsを少し有名にすることができた.また,伝わるプレゼンについて考え始めたのもこの頃である.
初めに「まとめ」たのは良かった.


論文の翻訳が終わりそうな頃,韓国に行く日がやってきた.練習に練習を重ねた.ネイティブの先生に見てもらい,非常に有用なアドバイスを貰った.発表当日,練習した分だけ堂々と発表できたと自負している.ただ,もっと海外の学生と交流すればよかったと後悔は残る.それが終わってすぐ英語への翻訳を終わらせ,12月に投稿まで持っていった.今はレビューを待っている状態だ.




気象学会デビュー,国際学会デビュー,論文投稿…新しいことづくしの一年間だった.がむしゃらに,なんでも周囲に合わせないように意識的に取り組んできた結果だろう.業績より嬉しいのは,その場その場で多くの人に出会ったことだ.彼らとFacebookでいつでも議論できるというのが,また面白い.当然,Facebookにいない人たちとは学会会場でまた会って議論したくてたまらない.がむしゃらに無理をしてでも頑張った結果,今の現状に至る.2011年は「がむしゃらな一年間」だったと,言い切れる.


2012年は,先生の退官に伴って,博士課程の行き先を考えなくてはならない.自分の中での様々な決心がつかないでいるので,しばらくはそのことで悩まなければならないだろう.来年の一年間は,

博士課程に進学するであろう「2013年度の自分自身のために,全力を尽くす.」

長いプレゼン,式のプレゼンの苦悩

第13回地球流体力学研究集会(12月14日~15日)で発表した.

「熱帯での積雲対流に関連した大規模運動におけるNontraditional Coriolis項の重要性について」
写真
*再現動画.再現では持ち時間を超過してしまった...
*Google+の動画の埋め込み方がわからない...リンクへ.


発表時間は質疑あわせて25分,
聴衆はおそらく「力学屋」.

これまでの発表とは,以下の2点で状況が異なる:

  1. 長い発表だと,メッセージを伝えるだけでは物足りないかも.
  2. 力学屋は式に反応するだろうから,式を多めにしたほうがいいかも.


まず1つ目に関してだが,これまでの多くの発表は発表時間10分前後と大変短かった.したがって,注意してきた点はただひとつ:

「Advertise」としてメッセージを強調し,相手の興味を惹くこと.

相手の興味を惹けば,質疑,さらには発表後の休憩時間,懇親会などで議論は弾む.だから,自分の研究を宣伝しさえすれば,プレゼントしては成功だ.しかし,それが20分程度になると話は違うかもしれない.一つのメッセージを突き通すのではなく,その結論にたどり着いた理由を幾分詳細に語らなくてはならない.だが,逆に考えれば20分「しかない」のだから,全てを語る「Full Story」とする訳にはいかない.ということで,

どこまで付け加えて話すか?

―それが今回最も悩んだ点である.

最近はプレゼンはアナログに作るようにしていて,「紙」と向かい合うところから始めた.ストーリーを作っていき,流れは完成した.そこでPCを開いてスライド作りに取り掛かった.当然,ひとスライド,ひとメッセージというルールは変わらない.そして発表二日前に数人の人に集まっていただき,発表練習を行った.…みんなの顔が次第に歪んでいく.特に,今回意識した「式」による説明の部分だったと思う.そして質疑に入ると,先生から一言:

「今の流れでは,僕ですらついていけないよ.」

いつの間にか,ものすごく難しい内容を20分という短時間に押し込んでいた.時間をかければわかるかもしれないが…といった内容である.何が悪かったか考えてみた.原因はきっと,

「力学屋」ならわかるだろう

という根拠のない,焦点となる聴衆の決め方だった.発表の流れで不要な部分を削り,やはり「メッセージを限りなく強調」する必要があった.どこが不要だと思うか練習の際に先輩に指摘を頂いたので,それを参考に式による説明を半分未満にした.その分,メッセージは強調できるように,余裕のある流れに変えた.

結局,伝えたいメッセージは発表時間が長くても短くても変わらない.だから,時間が増えたからといって,多くを付け足してはならない.ましてや,それが難しい内容であっては聴衆は嫌な思いをするだけだ.出来る限り「簡潔」にまとめ,聴衆に難しいと思わせない内容にまとめるよう,心がけなくてはならない.




ここで,2つ目の困難と直面することになる.通常,スライドには「ひとつの図表」のみに留め,それを利用して発表者がプレゼンする.しかし,それが

図表ではなく「式」である場合にはどうあるべきか.

この答えはまだ見つかっていない.非常に悩ましい問題だ.式が有名なものであれば皆納得してくれる.しかし,研究においては式はオリジナルであり,だれも知らないことが普通である.それをいかに簡単に伝えれるかは,一生の課題としてまとわりついてきそうなほどだ.一応,どの式からどの式が出てきて,その式から何を言いたいのかは,

矢印や一言を書き加えることで対処したつもりだ.

しかし,なにか物足りない.臨場感にかけると言うか,興奮しにくいと言うか….とにかく,これでは不十分なのだ.そこで,知人に紹介された一つの動画を見て,一つのことに気づいた.

彼女は,

数学的な式を,物理的意味を持ったバランス関係として,

あたかも簡単なことを言っているように話している.これが重要なことなのではないだろうか?私自身の発表ではそこに意識はおいておらず,むしろ導出さえすれば,結論を言えばいいというほどに勘違いしていた.今後は彼女のように話せるよう努力したい.その前に,自分が用いている式を正確に,物理的バランスとして解釈するところからはじめなければ.



今回の発表を通じて考えたことの結論:

  1. 長い発表でも,メッセージを伝える重要性に変わりはない.
  2. 力学屋が好きな式でも,数式を物理的バランス関係として説明する.


次の発表は学内になる.今から楽しみになってきた.

2011年11月6日日曜日

研究発表のSimplicity

プレゼンはシンプルに,伝えるべきことを伝えなくてはならない.内容を取捨選択し,必要な部分のみを残してプレゼンする.モノを売るなら多少オーバーでも良いかもしれないが…,


研究発表では
「シンプル」が許されるのだろうか?


これらの答えを追求すべく,先日あるゼミを研究室規模で行った.
「伝わるプレゼンについて考える」

始めに「一般的なプレゼン」において,伝えるためには何が必要かを議論した.その後,以前紹介したが,ガー・レイノルズさんの「シンプルプレゼンのテクニック」のムービーを1時間程度参加者で見た.その後,「学会発表におけるプレゼン」において,どこまでSimplicityが許されるか話し合い,何が最も必要なプレゼン要素であるかを議論した.その結果,シンプルな一つの答えに落ち着いた.


「タイトル・名前・メッセージ」
+最低限の付け足し


ただし,
タイトル=最も凝縮した研究のアブストラクト
名前=調査したひと
メッセージ=研究の結果から皆に覚えて欲しい一つのこと
である.




この結論に至るまでの過程を以下に記す.


17:05~「Why? プレゼンとは何のためにするか」
これに関してはさらっと流したが,おそらく参加者の考えていたことの大筋は一致していただろう.もちろん,

相手に「伝える」ため

である.具体的には(一般的なプレゼンの例ではないが),伝えることで相手に自分の研究を理解してもらえる.理解してもらえて初めて,コメント・議論へと移ることができる.それによって研究が進展する,もしくは広まっていくのだ.伝えるためにプレゼンを行うという共通の意識ができたところで,直ぐに次の議題へと移した.

17:15~「How? どうやって伝わるプレゼンにするか」
伝えたいなら,どうすれば良いのか.これに対する答えは様々であった.大きくまとめれば以下のとおりだ.
  • 相手が誰か考える.(知識レベル,賛成or反対派)
  • 喋り方を意識する.(声のトーン,早さ,元気の良さ)
  • わかりやすい内容にする.(見やすい図表,少ない内容)
  • 相手に頭を使わせる.(質問の投げかけ)
  • 相手に安心させる.(良いストーリー性)
最も意見が集中したのは「相手が誰か」という点であった.プレゼンは自分ではなく相手のために行われる.したがって,相手に合わせて発表する必要がある.自分の分野を相手はどこまで知っているのか,もしくは自分の意見に反対するか賛成するかなど,相手を知ることでプレゼンの方向が決まってくる.どうすれば良いのかが難しい問題であるが.

また,喋り方で相手が興味をもつかが決まるという意見も多く出た.まず,元気がないプレゼンは,前に立った時から損していることになるという.なぜなら,多くの人はプレゼンターのことは知らない場合が多く,第一印象が悪ければ(内容に少しくらい興味があったとしても)聞く気は自然と無くなるかもしれないからだ.はじめから聞く相手を失うのはもったいない.
特に気をつけるべきなのは,笑顔と「音程」(男性は低すぎず,女性は高すぎず)だ.また,オーディエンスの方を向いて堂々と挨拶したほうが良い.次に,喋り始めたら,その早さに気を付けなくてはならない.早過ぎる話し方はあってはならず,むしろ大事なところでゆっくり話すくらいの余裕が欲しいものである.一度,自分のプレゼンを録音してみるといい.頑張って緩急つけたつもりでも,意外と普通,むしろ早過ぎるくらいかもしれない.

相手に頭を使わせるのは,覚えてもらう意味で重要なポイントだ.「皆さんはどう思いますか」とさり気なく投げかける.実際に答えさせる必要はないが,「はて?」と考えたオーディエンスはその質問を覚えるだろうし,その後のプレゼンにもより集中してくれるかもしれない.試す価値はあるだろう.

良いストーリーを持たせることも忘れてはならない.次に何が飛び出すかわからない発表はオーディエンスを不安にさせる.良い意味でワクワクすればいいが,不安にさせては逆効果で,心を開いてくれなくなるかもしれない.そうならないために,「次はこう来る」ということをそれとなく相手が感じ取ってくれるプレゼンを心がけるのが無難だ.完全にワンパターンでは飽きられてしまうと感じるなら,ときどきアクセントを加えて,伝えたいことを印象に深く残していけばいいだろう.



意見は止まなかったが,本題はこれではないので速やかに次に移った.

17:40~「シンプルプレゼンのテクニック」
このムービーは何度でも見る価値がある.参加者が必死にメモを取るのは当然かも知れないが,私自身もスクリーンに惹きこまれた.何度も見ているうちに,プレゼンをムービーの内容から学ぶ以上に,ガー・レイノルズさんから学ぶようになる.本当に良いプレゼンをしている.

この間に,先ほどの議論とムービーの内容がリンクしていて面白いと思ったのは私だけではないはずだ.本気で議論すればこの内容に匹敵する意見は出てくる.それをプレゼンに実際に移せるかどうかが大事な事であり,このムービーで意識を焼き付けることができたなら幸いだ.


さて,本題に移ろう.

18:40~「Simplicity for us 研究発表はどこまでシンプルにできるか」

研究発表としてのプレゼンはどうあるべきか.シンプルにしすぎてはマズいのではないか.これについて考えるために今回のゼミを行った.議論は予定時刻を大きくずらすほど続き,意見も多岐に渡った.そのまとめとしては,先に述べた結論を説明するという形に留め,それ以外に気になったコメントを最後に付け加えておく.

まず,研究発表としてのプレゼンに最低限必要なのは,


「タイトル・名前・メッセージ」


の3つである.この結論は,「AからBへ」という具合に,プレゼンを終えたときにオーディエンスにどうなっていて欲しいかという考え方に基づいている.何よりも,相手に自分が何をしたのかを知ってもらわなくてはならない.何も知らずに難しい話を聞くのは苦痛だから,場合によってはプレゼンター-オーディエンス間に距離が生じ,最悪の場合,聞いてもらえないかもしれない.これではプレゼンの意味が全くなくなる.そうならないためには「タイトル」を十分利用する必要がある.タイトルを,「自身の研究内容を最も端的に表した一文」としてとらえると良い.すると,タイトルを見たときに何をやったのかが分かり,興味を持ってくれたオーディエンスとの距離は縮まるだろう.次に,誰が研究したかを知りたくなるはずだ.名前と所属を言えば十分だ.あとは,笑顔で元気に挨拶して話し始めればいい.そして,ここからはテクニックも関わってくるが,何を最も伝えたいかをひとつのメッセージとして始めに言ってしまうのだ.

「私は○○を研究したんだが,それによって□□という面白い結果が得られた.」

ガー・レイノルズによると,オーディエンスの集中力が高いのは初めと最後である.したがって,初めのうちにメッセージ,すなわち何を覚えて帰って欲しいかを伝えてしまうのが有用である.もしそこで「心から興味がない」と思った人は一切聞かないかもしれないが,このような相手は放っておけばいい.そうではなくて,「えぇー,面白そう」と思う人が増えたなら大チャンスだ.相手が「えぇー」となれば集中力が増す.最後まで頑張って聞いてくれる相手が増えたと思えばいい.

ここまででプレゼンの「綱」ができた.
(「綱」という例えだが,ある参加者が「AからBへ」という論理的最短ルートを「綱渡り」の「綱」に例えたのが面白かったのでここでは用いることにする.)
しかし,「綱」を渡るのは一般に,尋常じゃないほど困難を伴う.したがって,「吊り橋」程度に余裕を持たせれば渡ることができるオーディエンスが増えるのではないだろうか.「綱」に少しづつ「肉付け」していく.これによって,「何をしたか」から「何を伝えたいか」へと論理的に繋げる.ただし,この「肉付け」は多すぎてはダメで,必要最低限に留めるべきである.必要と思われるのは,

研究の動機・手法・必要な結果と考察

といったところであろう.研究の動機は,研究の結果がどれほどその分野にとって重要かをオーディエンスに理解してもらうのに必要である.また,手法は「最も理解して欲しい相手」のレベルに基準をおいて構成するのが良い.数値モデルやデータの細かい説明は必要ない場合が多い.しかし,相手が普段それらを使わない相手であったり,モデルやデータ自体がオリジナルである場合には詳細に説明しなくてはならないだろう.そして,結果はメッセージを信用してもらうために必要なだけでよい.それ以外を出す場合には,それを加えた理由にあった一言を,例えば「この結果は本筋から少しそれますが,コメントをお待ちしています」などと添えて出したほうが効率がいい.この方が相手も自分もわかりやすい.考察も論理的に必要なだけ説明する.そこまで済ませた後で,簡潔にまとめよう.まとめも,ダラダラ箇条書きで書くともったいない.図などで視覚的に記憶に残るスライドを一枚を用意するのが望ましい.どうしても箇条書きにしたいなら,視覚的に論理を追いやすいように「矢印」でつないでいくなどの工夫をしたほうがいい.文字の羅列ほど見苦しいスライドは,ない.

そして最後にもう一度伝えよう,
「メッセージ」を.

オーディエンスにひとつ,覚えて帰ってもらおう.



さて,これまでの議論のような削られた内容では全て伝わらないと不安になった人はいるだろうか.もしいたら,意識して欲しいことがひとつある.

「40分のプレゼンはFull storyでもよいが,それを10分で話せるわけがない.宣伝するという意識でプレゼンする方がいい.」
この内容は以前書いたが,まさに研究発表において当てはまる考えだ.全てを10分で話せなくたって,興味を持った人は終わったあとに質問するだろうし,コメントをくれるだろう.時間は足りないはずなので,セッション終了後に訪ねてくるだろう.そこで詳細な議論をかわせばいい.もしくは論文を読んでくれる場合もあるかもしれない.まずは,それほどの興味を持ってくれる相手を作ることだ.それが研究を伝えることの第一歩である.




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スライドが黒い服に写って
プリントにしか見えない.

ゼミが終了するまで,こんなにもシンプルな要素まで落とし込めるとは思っていなかった.たった3点で良いのだ.あとは必要なだけ,相手に合わせて継ぎ足していく.そうして完成したプレゼンを用いて,元気と笑顔とともに「メッセージ」を伝えればいい.

この結論には意義を立てる人はいて当然だと思う.実際に,研究発表のシンプル化は語っても語り尽くせなかったからだ.しかし,私はしばらくこの結論に基づいてプレゼンする.

2011年10月25日火曜日

考えてきたプレゼンと評価,反省

国際学会での初発表.色々考えて臨んだ分,今の気持ちとしては「悔しい部分」が多い気がする.当然良かった点・悪かった点はそれぞれある.冷めないうちに,少し整理しておこう.


【良かった点】
1.最低限のコンテンツ

「Full storyではなく,10分程度のプレゼンはAdvertiseだ.」という気持ちで,内容はいつもと異なりひたすら削った.削るといっても学会発表なので,

「どこまで削っていいのか」

という難しい問題がつきまとう.シンプルにしすぎて問題設定が伝わらないのでは?そもそもの研究動機は理解してもらえるのか?信用してもらえるのか?いろんなことが頭をよぎる.しかし,全てを伝えるには12分は短すぎる.このことを信じてイントロは当初の半分,ディスカッションも半分程度に留めた.

「この選択はかなり怖かったが,必要不可欠だった.」

ということには修正して何度も練習して,本番を終えた今ならよく理解できる.他の人の発表を聞いていてわかった.それらを加えてしまっていては,オーディエンスに覚えて家に帰ってもらいたいポイントを覚えにくくしてしまう.その理由は3つある.まず,発表時間に余裕がなくなり,早口になり,全体が薄くなる.また,オーディエンスがひとつの発表を聞いて覚えて帰れることなど限られている.さらに,スライドを混雑させる原因となり,見難くなる.多くを知ってもらいたいがために失敗してしまうのだと思うが,「必要最低限」以上のものを含めることは避けるべきだろう.学会発表だと当然自分の結果を全部見て欲しくなる.頑張ったなら当然そうなる.でも,そこで取捨選択して公表する勇気を持たなくてはならない.
最近興味深い言葉を聞いた.

「論文は記録を残すために書く.学会発表は記憶に残すために行う.」

細かいことを言いたければ論文にして発表すればいい.学会は覚えて帰ってもらうためにある.学会はAdvertiseであるべきなのだ.覚えてもらえば,プレゼンの後で気になる人は聞きに来る.そこで議論すればひとりの「ファン」に詳細を理解してもらえ,こちらとしても有益な情報を得ることができる.今回の発表がそうであったように.


2.最低限のスライド

最も変えたのはここだ.「読むことはなるべく書かない.強調する場合は書く.」そう決めてスライドをかなり修正してきた.これまで(少なくとも春ごろ)のスライドは箇条書きを利用し,相手にとって「わかりやすい」ようにまとめていた.大事なところは聞き逃したくないだろうから,まとめて書いておこうという,オーディエンスのことを「考慮して」作っていた.この「わかりやすい」「考慮して」は間違いだった.逆にわかりにくいスライドを作り上げていたのだ.
その間違いは,箇条書きを駆使したプレゼンを多く見ることではっきりと理解できた.今日のいくらかのプレゼンを見たが,

「そんなに文字書いちゃ,どこ見ればいいかわからない」

というのが素直な感想だった.本か,掲示するため「だけ」に作られたポスターでも意識して作ったのだろうか.しかも,それを全部丁寧に読むのだ.時間を過ぎているのにもかかわらず.最近プレゼンを学び始めて発表を見る目が少し変になっているのもあるかもしれないが,箇条書きで三ページにわたる「Conclusions」を見かけたときには自分が正しいと確信できた.何を強調するかを決めているなら,それが目立つスライドでプレゼンを終えるべきだ.
そもそも,ひとつのスライドにはポイントひとつだけを持たせて作るのが良い.それを意識することで,自身のスライドは良くなったと思っている.

ポイントが思いつかないスライドは消す.
二つのポイントがあればふたつのスライドに分ける.

ふたつにスライドを分けるのは,結構躊躇した.でも,どうせ説明する内容ならば,スライドを増やすからといっても発表時間の負担にはならないだろう.さらに,必要ない文字は消す.読みたくないが必要な情報があれば,オーディエンスが読める分量まで書く.強調したいところは視覚的に印象に残りやすい図表を用いる.もしこれらの中で意識していない点があれば,すぐに意識したほうがいいと思う.オーディエンスを思いやるなら.


3.最大限のコネクション

会場とつながることは大切だ.つながって初めて,研究をより理解してもらえると思う.そのために気をつけた点は3つある.まず,発表の前にオーディエンスを惹きつけることだ.要するにつかみのギャグを言うのだ.雰囲気にあったものを選択するのは至難な技かもしれないが,成功すればオーディエンスは皆,プレゼンター本人を見る.これは非常に大事だ.プレゼン中にプレゼンターは何度見られるだろうか?多くの場合,スライドばかりに気を取られて,スライドの脇の真っ暗な空間に立って喋っている人には注目しないだろう.それに慣れてしまったのか,プレゼンターまでスライドに「話しかけている」.(当然本来あるべき姿ではないが,)そのような状況の中,

はじめと終わりはスライドが邪魔しないので,プレゼンターは見てもらえる可能性が高い.

そこで一言いうだけでいいのだ.「アンニョンハセヨー.チョヌン,ハヤシミチヤ イムニダー」と.これは状況に合っていたようで,挨拶の時点で多くの人が笑い,自己紹介した後には拍手が起きた.一部の人はこういう行為をしたくないと思うだろう.しかし,これで初めて会うオーディエンスとつながれると思えばチャレンジする価値はあるだろう.私は,暖かい空気に包まれ,プレゼンを開始できた.プレゼン開始以降のオーディエンスは時々,私自身の方を見てくれた.

次に,簡単なことだが,レーザーポインターをスライド側の手で持つことである.こうすることで自然と体はオーディエンスの方を向く.先にも触れたが,スライドに「話しかける」のはやめたほうがいい.オーディエンスに話しかけなければプレゼンの意味はない.これについては,練習した.今まで意識していなかったことなので,変えようと思い,毎日プロジェクターをセットしてレーザーポインターを持って発表した.本番は目の前に人がたくさんいるが,この練習のおかげでそれほど強張ることなく話せた.今まではスライドと話す練習をしていたのだから,本番になって人を見て焦るのも当然だったのかもしれない.

最後に,笑顔を忘れないことである.発表中は真剣に話すが,はじめと終わりは笑顔で過ごせた.プレゼンを終わるときに笑っていると,意外とあとで顔を覚えているから不思議である.


4.練習練習練習

とにかく練習した.毎日,録音しながら,本番と同じセッティングで.今回は国際学会だったので,英語への不安のせいもあって今までにないほど練習した.練習を進めていくと,次第にその練習の質が変わっていったことに気づいた.

初めのうちは,「原稿」をスラスラ読んで,ある程度発音も悪くはないだろうと自画自賛して終えていた.この練習の質の悪さには,ネイティブの先生の前に立って練習したときに明らかになった.焦ったら何もわからなくなる.感情がこもらない.最終的に時間以内にも終わらない.このままではダメだということは容易に分かった.指導を受けた後は,スライド等は訂正し,「キーワード」で練習するように心がけた.これは「伝えたい事は何か」を考えることにもつながるが,結果として感情をこめた,Emotionalな発表への一歩だと思った.これだけは言わなければならないと思うと,そのセンテンスには熱が入る.熱が入ると,読み方に緩急が必要だと考え始めて,いろいろ試してみたくなる.

この頃にはもう体が言いたいことを覚えている.

色々考えて練習していると,原稿を読むこと無く,スラスラと喋れるようになってしまう.さらに,多少本番で間違えても,融通が効くようになっている.国際学会だからと言い訳して原稿に頼るよりも,本気で練習して体で覚えたほうが得だ.


また,この練習した分だけ,本番を終えた今では反省点も多く上がっているように思う.これも良い点の一つと考えることにして,悪い点に進もう.


【悪かった点】
1.トラブルは付きもの

スライドの一部が消えるというトラブルにあった.悪いことに,「最も重要だ」と言い放って見せたTableの多くの部分が消えたのである.焦って何もできなかった.一言謝って,なんとか補うように強調して説明した.その場はそれで乗り越えたが,後から考えると,

一言「ユーモア」を付け足して次に進めばよかった

と思う.予定外のことが起きてパニックだが,その時に落ち着いて「文字はどこかへ逃げてしましましたが,大丈夫.私の言葉を注意深く聞いてください」とか一言付け足せば良かった.オーディエンスはトラブルが生じたことくらい気づくだろうし,心配してくれる人もいるかもしれない.「ユーモア」をひとつかませることで,オーディエンスの不安を取り除き,自分を落ち着かせることができたかもしれない.トラブルは付き物だから,せめて緩和できるようになりたい.


2.意外と短調

録音を聞いた.自分では抑揚を付けて喋っていたつもりだが,意外と短調だ.しかも,やや早口になっている.緊張したせいで,力が入って,弱くすべきところを弱くできていなかったのだと思う.また,鼓動が早くなるのに合わせて,体内時計も早く回っていたようだ.もともと緊張しやすいので,今後なにか対策を考えたいものである.練習だけでは防げないのかもしれない.ただ,

「場数」という言葉で済ませたくはない.

出来る限り早く克服していきたいものである.


3.質問理解力

勉強不足と言うのかもしれない.質問の意図を理解するのにやや時間がかかりすぎた.すぐ答えていればもう一人くらいから質問をいただけたかもしれない.鍛え方はよくわからないが,物事を落ち着いて,頭の中で早く整理するよう日頃から心がけよう.勉強も広くしておく必要があると再確認した.


他,細かいこともあるが,これ以上はここには記さない.多く書きすぎるのは良くない.



さて,韓国の国際学会を終えた今,いろんな反省点が上がってきた.次回も,今回のように考えたプレゼンになるよう努力する.自分は研究をして,伝える研究者になりたい.

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明日からはオーディエンスとしての参加.積極的になって,交流もしなければ!

2011年10月20日木曜日

印象に残すこと

知人の影響や学会発表のプレゼン準備などで,最近はプレゼンの仕方に興味を持っている.勉強するにあたって利用している(する予定である)モノと,意識するようになった点を以下にまとめておこう.

【ベンキョウ道具】
1.「シンプルプレゼンのテクニック90分」 (ガー・レイノルズ)

このムービーは何度か見たが,何度見ても勉強になる.


まずはプレゼンの組み立て方だ.これまでは,まず「パワポ」を開き,ざっくりな流れをスライドとして作り,それを詳細にまとめていた.ガーはこう言っている.

「Plan "analog"」


計画はアナログに立てるものなのだ.方法は付箋でもいいしノートでもいい.壁でもいい.とにかく,パソコンを閉じてペンで書きだすのが最もクリエイティブな流れを生み出す.実際にやってみると,思いつくままに絵を描いて言葉を書き,いいストーリーが出来てきた.パソコンで作ると思いがちだが,ぜひそんなことはやめてアナログに作ろう.


このムービーの真髄は「シンプルなプレゼン」作りだろう.そもそも「シンプル」というのは

「Simplicity」

であり,「Simplistic」ではない.つまり,自分の都合に合わせて簡単化するのではなく,相手の立場になって簡単にするのである.プレゼンの本位はオーディエンスにある.したがって,相手が容易に理解し共感できるプレゼンを目指す必要がある.そのためには相手を知らなければならない.相手が何を求めていて,何が気になって「夜も眠れない」状況に落ちいているかを考える.すると,自ずと強調すべき点が見えてくる.


また,プレゼンに「Emotion」が必要であることもよく伝わってきた.これは前から意識して発表しているつもりであるが,意外と難しい.後で録音を聴くとそこには感情は現れていないのがいつものことである.しかし,重要であることは改めて実感したので,今後こそ,ソコを目指して精進したい.笑顔も忘れないことが大切である.これはオーディエンスとのコネクションを作ることにもつながってくるだろう.


他にもたくさん学んだが,興味のある人は「何とかして」このムービーを手にして見て欲しい.絶対に変わる.


2.TED.com

このWEBサイトも非常に充実していて面白い.多くのプレゼンが日々更新されている.様々な分野に整理されており,モノによっては日本語字幕が付く(笑).20分程度で時間を選ばないし,内容も混乱するほど難しくはない.それでいて,多くのプレゼンがシンプルかつ感情的だ.

Paul Bloom: The origin of pleasure
http://www.ted.com/talks/paul_bloom_the_origins_of_pleasure.html

ジョークが非常に多いが,メッセージ性は強く,シンプルでわかりやすい.終わった後にもう一度見返した.

このような,そそられるプレゼンが無限大にある.見たことない人は必ずチェックすべきだと思う.


3.スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン人々を惹きつける18の法則

これは言わずもがなであろう.私がジョブズに興味を持ったのはここ1ヶ月以内だと思う.その矢先に彼が亡くなったのは,ショックだった.だが,これが残した遺産は多くあるので,これらからたくさん吸収する事はできる.彼が亡くなった日には彼のプレゼンを5つくらい連続で見た.これからもずっと勉強させて頂きます.


この本は正確にはまだ読んでいない.一部抜粋で「読んだ」.プレゼンの練習・準備に関することだが,これは大変参考になる.キーワードを残して練習し,キーワードのみでプレゼンできるようにする.また,ひとつのスライドにはひとつの図表がスライドにあるはずだから,それを強調する.その写真だけでもいい.

これからの愛読書になることは間違いない.




【意識の変化】
1.10分のプレゼンはadvertise.

これはネイティブの先生にプレゼンを見てもらったときに得た言葉である.私のプレゼンは時間をオーバーしてしまった.しかも早口の英語で.終わった後に,ひたすら「君の発表内容とスライドはBusyすぎる」と言われた.スライドには文字が多い.伝えたい事が多すぎる.そこで,先生はこう教えてくれた.

「10min advertise. 40min full story.」

10分しかないのにフルストーリーを詳細に話そうとしていたのだ.これではBusyになるのは当たり前だ.しかし,「すべてを伝えるのが学会では一番望ましい」と私がずっと考えていたのも事実である.どんな質問が来るかわからないし,実験設定がわからなかったら発表の意味もない.とにかく情報を詰め込んで,「全部伝わる」スライドを作ろうとしていた.これが間違いだ.「宣伝」するつもりで作らないとそんな短い時間では何も伝わらない.このことを聞いて発表に対する考えが変わった気がする.

「全部伝える」→「ひとつ覚えて帰ってもらう」

強調すべき点はどこかひたすら考え,それを伝えるためにスライドからいらないものを省いた.これが相手に伝わるかどうかは4日後に韓国でわかるのだが,印象に残るプレゼンで有って欲しい.


2.文字は誰でも読める.

これもネイティブの先生に言われたことに関連する.スライドに多くの話す内容を書いている場合が多いが,それらを平気でしゃべる.オーディエンスとしては聞けばわかるし,読んでもわかるのだ.両方ある必要はないのだ.だから,スライドには読まない内容を書く.当然多く書かないほうがいい.強調したい場合や難しい内容であれば書く必要はある.ただ,

「読むためのスライド」ではダメ

ということだ.スライドに載せる図表は相手のイメージに残る.文字よりも絵がインパクトはある.そこに,じゃまをするようにダラダラ箇条書きに文字を羅列していてはもったいない.そんなスライドはやめて,インパクトを与えるためのスライド作りを心がけるようになった.そのためには,

「マイクロソフトのテンプレートは使わず,まっさらなスライドから作り始める」

ことが有用であろう.ビル・ゲイツは頭もよく,出来る人であるが,かつてプレゼンが下手だった.それは皮肉にも「テンプレート」のせいだったと思われる.彼はその後,素晴らしいプレゼンターへと変わった.だが,そこには「テンプレート」はなく,大きくシンプルな図表がひとつあり,その前に立って話している.

箇条書きやダサいタイトルはやめて,図表ひとつで勝負できるようになりたい.


3.情熱を.

少し上でも触れたが,情熱がない発表ほどつまらないものはない.プレゼンターはスライドと会話するように発表し,オーディエンスの半分は寝る.終わったあとで「良い発表だったね」と賞賛する.全く無意味である.そうならないためには,相手に興味を持って発表する必要がある.相手が何を知りたくてこの場にいるのか?自分は相手にどうなって欲しいのか?そういったことをまず考えよう.それがわかれば,相手に伝えたい事もスッキリまとまってくる.そうなれば,相手に伝えるために

「情熱」をもって発表しなければという衝動にかられる

のではないだろうか.そうなれば,声に抑揚が出てきて,相手の表情にも気を配るようになり,さらには自分自身が楽しくなってくると思う.

また,学会などで度々元気のない発表を「平気で」する学生がいる.本人達が平気でしているかはわからないが,絶対に損している.特に,学生である自分が言うのも変であるが,学生のように若くてその分野に入ったばかりの人は人一倍元気に発表すべきだ.おとなしい発表より,少しぐらいハプニングが起きた発表ぐらいのほうが印象に残る.名前と自分の研究を売りたいなら,もっと熱くなって発表すべきだ.私もまだ未熟ではあるが,自分が熱の入っていない発表をしてしまった日は相当落ち込む.変わりたいという意識は常に持ってひとつひとつの機会を過ごしている.少なくとも,私は情熱のあるプレゼンターになるつもりだ.


4.練習練習練習

シンプルで情熱のあるプレゼンを本番でするにはどうしたら良いか?良いスライドができた.情熱もあるつもりだ.じゃぁ,本番は大丈夫だろう.そんなことはあるわけない.練習を最低10回はすべきだ.それも,

パソコンに向かってしゃべるのではなく,プロジェクターを使い,レーザーポインターを持って,立ち上がってするべき

だ.これはネイティブの先生に注意されたことで意識するようになった.私が「レーザーポインターないけど,ボールペンでいいよ」と冗談半分で言うと,彼は「絶対ダメだ.あの部屋で借りれるから借りてきなさい」というのだ.初めは細かいなーと思ったが,その通りだ.本番を想定していない練習は意味が殆ど無い.その後,彼の前で練習したのだが,人が目の前にいるだけですべて忘れる.レーザーポインターはやたら使うので見苦しい.挙句の果てには時間を3分も超過.内容と言うよりはむしろ,練習の仕方に問題があった.基本的に原稿を見て,パソコンに向かって練習していた.本番になると景色が変わった.そのせいで,原稿の読み間違えが多発.そのたびにパニック.これが本番だったらと思うとほんとうに恐ろしい.その後からは原稿はやめて,キーワードのみを見れるようにして,本番のような環境で10回以上練習している.

「本番を想定していない練習」は練習にはカウントしないほうがよさそうである.



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プレゼンについて本気で考えている日本人は少ないのだろうか?少なくとも良いプレゼンをしている人が多くはいない.一度,みんなで話し合う機会を設けてみるのがいいだろう.ゼミでも開こう.自分の勉強のためにも.



多くのことを考えて作った今回のプレゼン.初めての国際学会ではあるが,楽しく発表できたらと願っている.この願いは「4日後に達成されるはずだ」と信じている.